27 アプラ・ハウゼン (2)
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支度を調え、いよいよ本格的に領都へ向かおうとする一行だが、運悪くアプラ・ハウゼンと遭遇。
自分に「様」付けをして名乗るアプラに呆れるが・・・
「俺はアプラ・ハウゼン。
さっきお前がケチだなんだと話していたハウゼン家の公子様だ!」
セスの 「お前、誰だよっ!」 という乱暴な問い掛けに、セスとノエルを除いた四人は、自身に 「様」 付けをして答えるアプラの教養のなさに呆れるが、アプラの用件はだいたい見当がついている。
だから黙って事の推移を見守るものの、ファウスはアーガンとセルジュの背後に意識を向ける。
アプラが引き連れてきたごろつきが、彼の背後にいる連中だけとは限らないからである。
これから騒ぎが大きくなれば集まってくる可能性もあるし、すでに集まりだした人垣に身を潜ませているかもしれない。
騒ぎが大きくなるのを待って背後から襲って来るかも知れない……と考えて備えているのである。
一方、ファウスと反対側に立つイエルは、ノエルを抱えていて両手が塞がっているアーガンの側に。
まだ剣は抜いていないもののいつでも抜けるよう周囲に気を配りつつ、けれどマントの下に隠れた柄には決して手は伸ばさない。
アーガンもまた、両手こそ塞がっているけれど、周囲に気を配りつつセスとアプラのやりとりを黙って見守っている。
その両腕に抱えられるノエルは、セスやアプラの張り上げる声に、騒ぎを聞きつけて集まってくる観衆の視線に、抱えた鞄をさらに強く抱きしめて怯える。
セスはもちろんのことだが、アプラも観衆も、その視界に入れているもののノエルを見ているわけではない。
セスのうしろにいるから視界に入っているだけである。
けれどノエルにはそれだけでも恐ろしく、身がすくんで動けなくなる。
その様子にアーガンはもちろんイエルもファウスも気づいている。
あるいはセルジュも気がついているのかも知れない。
けれど誰もあえて声を掛けず、アプラをはじめとするごろつきたちはもちろん、観衆の注意がノエルに向かないよう配慮する。
見た目こそ五、六歳の幼女だが、本当は九歳のノエル。
本当の幼子のように泣きわめいたり駄々をこねないのが、こういう時ばかりは幸いする。
だがセスはそうもいかない。
「ケチをケチと言ってなにが悪いのさ?」
なぜアプラが、セスがハウゼン家のことを 「ケチ」 と話していたことを知っているのかといえば、賑わうあの食堂のどこかにアプラもいて、声高に愚痴るセスの話を耳にしたのだろう。
それぐらいはすぐに推測できるし、このあとのセスの返しもなんとなく想像が出来ていたアーガンたち。
簡単にアプラの挑発に乗せられたセスは、アーガンたちが予想したとおりの反応を示す。
売り言葉に買い言葉、である。
しかもアプラは自分でセスを挑発したくせに、その返事に 「貴様……」 と忌々しげに呟く。
「平民が貴族に逆らって、どうなるかわかっているだろうな?」
「平民って、俺は……」
「セス」
一行はこの先の道中も、可能な限りセルジュの身分を隠し、領都を目指して北上する。
そのセルジュが身分を明かさない限り、護衛であるアーガンたちもまた騎士の身分は明かせない。
ましてこれはセスの起こしたトラブルである。
セルジュが身分を明かして収めるとは考えられない。
つまりセスは騎士であることを明かさず、雇われ護衛などを装って収めなければならないのだが、アプラの安っぽい挑発に乗って身分を明かそうとするセスをファウスが短く呼び止める。
「なんだよ、ファウス」
すでに成人しているとはいえ、まだまだ子供っぽさを残すセスは口を尖らせて不満を表わす。
対するファウスは無言のまま、ただ首を横に振ってセスが 「騎士」 という言葉を口にするのを止める。
けれど不満を飲み下せないセスは 「けどよ!」 と反発するが、セスとファウスの話に決着がつく前にアプラが割り込む。
「貴様、どうやら自分の立場がわかっていないようだな。
このアプラ様が思い知らせてやろう」
悪意と残忍さに歪んだ笑みを浮かべるアプラ・ハウゼンは柄を手に取り、腰に携えていた豪奢に飾り立てた鞘から刀身を引き抜く。
アプラの周囲にたむろするごろつきたちはこれから起こるであろうことを想像してニヤニヤと笑うが、観衆からは一つや二つではない悲鳴が上がる。
そして一人、また一人……とこの場から逃げ出す。
「俺も抜いていいんだよな?」
アプラが握るのはあまり実用的には見えないが、剣は剣。
遥か上空から注ぐ陽の光に、銀色に輝く刃に触れれば切れるだろう。
ファウスが、騎士であることを言わせなかった理由は今もわからないセスだが、また止められては叶わないと思いつつも一応お伺いを立てる。
もちろんここが町中であることも、観衆が集まっていることも気にしてないが、マントの下に差し込んだ右手は、柄を握ったままの状態でぎりぎり堪えている。
「……わかっていると思うが、相手は貴族だ」
「わかってるよ、自分でそう言ってたからな。
特権階級万歳だぜ」
そんなセスの物言いがアプラの気に障り、踏み込みを誘う。
「ぬかせ!」
鞘と同じく、ゴテゴテと飾り立てられた柄はいかにも握りにくそうで、重そうでもある。
おそらく本来は儀礼用の飾り剣なのだろう。
それをアプラは、刀身を真剣に変えていると思われる。
ファウスの返事を待つことが出来ず、ついに抜いたセスの剣とアプラの剣が刃を交える。
響く耳障りな剣戟の音に、観衆の悲鳴が大きくなり右に左にと逃げ惑う。
「怪我させるなよ」
ファウスではなくイエルから掛けられる声に、思っても見なかったことを言われたらしいセスは 「え?」 と間の抜けた声を出す。
次の瞬間、腕力では振り切れないとわかったアプラが、セスの腹を目掛けて足を振り上げる。
一瞬反応の遅れるセスだが腕力に任せて振り切り、アプラに蹴られつつも自ら後ろに跳んでダメージを抑えながら体勢を維持する。
この時、うしろにいたのがアーガンだったからよかった。
もしセルジュの方に下がっていたら、おそらく彼は避けきれずセスとぶつかっていただろう。
ノエルを抱えるアーガンは、寸前にうしろに下がってセスとの接触を回避していた。
もちろんそれに合わせてイエルも立ち位置を変え、油断なく周囲に目を配っている。
「蹴り飛ばすとか、貴族のくせに下品だな」
「なんだとっ?!」
「もう一度言うが、怪我はさせるなよ、セス」
「マジかよ……」
セスの言葉に、逆上したように再び斬り掛かってくるアプラだが、構え直すセスは、二度目とあってイエルの言葉に驚くことはなかった。
うんざりした様子で 「じゃあどうするんだよ?」 と訊き返しながらアプラの剣を、腕力に任せて打ち返す。
元々剣術などろくに習っていないアプラと、中身には色々と問題はあるが、剣術だけはしっかり習ってきたセス。
体もそれなりに鍛えてきた。
イエルには、怪我をさせずに勝負をつける方法を自分で考えろと言われたけれど、考えるまでもなかった。
アプラがセスの腕力に負け、すっころんだのである。
その無様な転げ具合を仲間のごろつきたちに冷やかされ、アプラは顔を真っ赤にして憤る。
「貴様、よくも……!」
すっころんだ拍子に手放してしまった剣に手を伸ばして立ち上がろうとするアプラだが、そこに仲間の一人が背後から近づき、その耳元でこっそりと何事か囁く。
騒ぎの合間に増えたごろつきの中でもそれなりに身なりがいいから、ひょっとしたら貴族かも知れない。
その目がチラリとアーガンを見て、アーガンの朱色の瞳と合う。
すると男はいやらしく眇め、何事かをアプラに告げる口元に笑みを浮かべる。
「次は俺か……」
「まるでコロコロと変わる女性の気分みたいですね」
やれやれとアーガンが溜息を吐くあいだにも男の話は終わり、再びアプラが傲慢に笑う。
あまりにも早い敗北からの回復、その表情の変化にイエルも同情を禁じ得ない。
もちろん苦笑いを浮かべつつもその目は油断なく周囲を探っている。
気を取り直したアプラは拾った剣を片手に立ち上がると、衣服の埃を払おうともせず、空いたもう一方の手でアーガンを真っ直ぐに指さす。
「その赤毛。
貴様、リンデルトの息子だろう」
「こんな田舎でも知っている奴がいるとは、我が家も有名になったものだ」
「ぬかせ!
この裏切り者一家が!」
威嚇するように声を荒らげるアプラだが、アーガンは困ったように眉をひそめる。
「裏切り者とは心外だな。
赤の領地のリンデルト家は、一族こぞって盛大な祝福で親父殿を送り出してくれたと聞いている」
だからこそ未だ良好な親族付き合いが出来ているとアーガンは信じているが、領地境にわだかまる宿怨の根深さも知っている。
だが今のアプラは、セスに敗れた八つ当たりをアーガンにしているのである。
つまりこの国の歴史に触れる怨嗟ではなく、ほぼほぼ私怨である。
「なにが祝福だ。
赤の血など汚らわしい」
「おいおい、四聖の和合を忘れたか?」
少しとぼけるように返すアーガンだが、その余裕にアプラは 「黙れ、格下が!」 と声を荒らげる。
同じ下級貴族の身でなにを言っているのやら……とアーガンはただただ呆れるばかり。
しかし呆れてばかりもいられないのは、周囲を囲むごろつきどもが剣や棒などを手に気色ばんでいるからである。
アプラとセスが剣を抜いた時に観衆のほとんどは散ってしまったが、アーガンたちが警戒していたように、やはりその観衆に仲間が紛れていたらしい。
あるいはあとから駆け付けたのか。
残っている怖い物知らずな観衆は数が少なく、そんなごろつきたちのうしろから遠巻きに見ているだけ。
このまま穏便に……いや、セスとアプラが剣を抜いた時点ですでに穏便ではなくなっているのだが、これ以上騒ぎを大きくせずに済ませることももう無理だろう。
遠巻きに眺めている数少ない観衆も、おそらくアーガンやイエルが剣を抜けば逃げ出すだろう。
一行を見てニヤニヤと笑っているごろつきども見回したアーガンは、やれやれ……と小さく息を吐き、抱えていたノエルを下ろそうとする。
呼応するようにイエルやファウスが、マントの下に隠れていた剣に手を伸ばそうとするのを見てごろつきたちも、すわっていた者は立ち上がり、すでに剣を抜いていた者はゆるゆるとアーガンたちに近づいてきたり。
背の大剣を抜くためにノエルを下ろそうとしたアーガンだったが、腰を屈めたところでノエルの足下に気づく。
(風?)
この時点ではまだ地面を這うような風は緩く、表面の埃を舞い上げていた程度だったが、見る見る強くなり、地表を削るように膝のあたりまで高く渦を巻き始める。
(これは……っ!)
下ろそうとしたノエルを慌てて抱え上げるアーガンは、すぐに顔とともに声を上げる。
「動くな!!」
前後して気づいたイエルたち。
ごろつきたちの中にも状況を理解した者は足を止めたが、気づかない、あるいは気づいていてもヘラヘラと笑いながら動こうとして、次の瞬間、足を切られて声を上げる。
「ひっ!」
「うわ!」
「いて!」
切られると言ってもズボンの上から、あるいは履いたブーツの上からである。
それでも驚きの声を、あるいは痛みを訴える。
「ま、魔術……師、か?」
今まさに仲間たちに号令を掛けようとしていたアプラも、驚きのあまり声を喉に詰まらせる。
もちろん驚きと恐怖のために動くことも出来ず、仲間に号令を出すことも出来ない。
代わりに、先程アプラにアーガンのことを告げ口した、貴族と思われる男が呟く。
「……だ、誰が……魔術師だ?
こんな町中で魔術を使うなんて……」
「そ、そうだ、こんな町中で魔術を使うなんて、ゆ、許されると思うなよ」
おそらくアーガンたち一行の誰が魔術師か探っているのだろう。
驚きと恐怖に張り付かせた顔に脂汗を浮かべながらも、二人とも目だけは忙しく動かしている。
だが未だ収まらない足下の風が怖いのだろう。
身動きが出来ず、その場に硬直したまま。
そんな二人を見て……いや、その言葉を聞いて、これまで余計なことは言うまいと思っていたアーガンも思わず声に出して呟いてしまう。
「お前らがそれをいうのか?」
【ある村人の呟き】
「明日は収穫の中休みだったねぇ。
そうだ、パンを焼こう。
収穫したばかりの小麦で朝から焼いて、みんなで食べようじゃないか」