26 アプラ・ハウゼン (1)
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クラウスと敵対していると思われる貴族ハルバルト卿。
そのハルバルトの配下ハウゼン卿アロンに知事解任予告をしてハウゼン家の屋敷をあとにする一行は、このまま目的地・領都ウィルライトを目指して出立したいところだが……
「セスはどうした?」
屋敷の主人ハウゼン卿アロンに、無情な知事解任の予告を突きつけて退去したセルジュ、アーガン、ファウスの三人を出迎えたのは、なぜかイエルとノエルの二人だけ。
いるはずの三人目を探し、アーガンは首を巡らせる。
するとイエルが預かっていた大剣を返しながら、「それが……」 と申し訳なさそうに説明する。
セルジュたちを案内して一度は屋敷に入った使用人頭がほどなく戻ってきて、セスはその勧めにノコノコついていったことを。
おそらく今頃は使用人休憩室で、茶を飲むなり菓子をいただくなりして休んでいるのだろう。
アーガンは受け取った大剣を背に装備しながらイエルの話を聞き、大きく溜息を吐く。
「まったく、あいつは……」
それこそこのタイミングで戻ってこなければ置いていくことも考えたかもしれない。
そのぐらい呆れていた。
しかも間に合うように戻ってきたのだって、彼らの出立に気がついた使用人がセスに知らせたのだが、おそらくそれは親切心からではなく、早くセスを追い出したかったからに違いない。
そのことにアーガンたちが気がついたのは、ハウゼン屋敷を出立したあと、予定していた町に立ち寄ってからのことである。
「かんそう……?」
「隊長、乾燥です」
今朝出立した町より少し規模の小さな町に着くと、まずは馬を駅に預けて身軽になった一行。
町中ではまた二手に分かれることになったのだが、別れる前、セスと買い出しに行くことになったイエルが、ノエルの上着を買い求めるため古着屋に向かうアーガンに、「ついでに……」 と持ち掛けたのは薬屋に寄ることである。
その理由を説明したのだが、すぐには理解出来なかったアーガンが棒読みで訊き返すのを、イエルは苦笑交じりに繰り返す。
その視線が、迷子にならないようにとアーガンが抱えるノエルに向くと、アーガンもまたノエルを見る。
丁度その時ノエルは、袖に下にもう一方の手を突っ込んで掻きむしっていた。
「また掻いてらっしゃる」
「イエルさま、かゆい」
「駄目ですよ、掻きむしったら」
「……その乾燥か」
ようやく理解したアーガンに、イエルもにっこりと笑って答える。
「この乾燥です」
「わかった。
薬屋に寄って塗り薬を探してみよう。
とりあえずもう掻くな」
「アーガンさま、かゆい」
「わかった、痒くならないように薬を探してやる。
だからもう掻くな」
「……かゆい……」
「痒いし寒いし忙しいな、お前は」
実年齢は九歳なのに五、六歳の見た目をしているノエルだが、精神年齢的にはもっと幼いのかもしれない。
少し聞き分けの悪さを見せるが、本当の幼子のように泣いたり大きな声を出して暴れたりせず、ただ言葉で訴えるだけ。
でも本当に我慢出来ないらしく、少しぼんやりとした表情でおとなしくアーガンに抱えられながらもずっと掻きむしっている。
そのため先に薬屋に寄って痒み止めの塗り薬を買い求めるが、安易に効き目の強い薬がいいと考えるアーガンは、偶然居合わせた若い母親に止められることになる。
「そんな小さな子だと、大人用の薬じゃ駄目だよ」
そう言って、今まさに代金を支払おうとしていたところに割って入ってきた若い母親は、カウンターに置かれた小さな容器を脇へ押しやる。
そして自分のこどものために買おうとしていた、少し効き目の薄い別の薬を店の主人に二つ注文する。
この季節、保湿用の塗り薬はよく売れるのだろう。
店主はすぐうしろにある薬棚から、若い母親が注文する薬の容器を二つ取り出してカウンターに置く。
すると若い母親は、その一つをアーガンの前に置く。
「薬でかぶれちゃ余計に可哀相だ。
うちの子より肌が弱そうだから、様子を見ながら塗ってやりな」
そう言ってアーガンに抱えられたノエルを見てにっこりと笑うと、自分のこどものためだろう。
もちろんノエルにはその笑みが好意に映ることはなかったけれど、女は気づくことなくもう一つの容器を買って帰る。
なるほど……と納得して置き去りにされたもう一つの容器を購入するアーガンだが、早速顔に塗ってやろうとして、今度はファウスに止められてしまった。
万が一にも肌に合わずかぶれてしまった時、顔は目立ちすぎて可哀相だからと。
続いて訪れたのは古着屋である。
ここでは脱ぎ着がしやすいようにボタンが大きめで、少し生地が柔らかな上着を買い求める。
そしてその場で風雨避けのマントの下に着せてやると、イエルたちと落ち合うため宿に向かう。
もちろん宿泊はしない。
早めの昼食を摂るためである。
そして問題はここで起こった。
ふとした拍子にセスが、ハウゼン屋敷でのことをぼやきだしたのが始まりである。
「もっとこう、豪華な食い物で持てなしてくれるのかと思ったらさ、残り物しか出てこないんだぜ。
期待はずれーって感じでがっかりした」
使用人の休憩室で出されるのは、三食の食事以外は主人たちの食べ残し。
それはだいたいどこの貴族の屋敷でも同じである。
普段使用人の食事には出ないような物が食べられるのだから、仕事の合間に休憩に立ち寄って、偶然残り物にありつければむしろラッキーなことであった。
だが騎士に成り立てのセスは、お伴と言えど騎士は騎士。
それはそれは豪勢な食事で持てなしてもらえるとでも思っていたらしい。
食事を摂りながら聞いているアーガンやイエルは、思わず溜息を吐きたくなる。
表情にこそ出さないセルジュやファウスだったが、おそらく内心では同じように呆れていたに違いない。
それでも使用人たちは、自分たちに出来る精一杯でセスを持てなしていたのかもしれない。
だがそれはセスの想像に遥かに及ばなかったため、礼や感謝を述べることなく不満を垂れ流すことになったらしい。
あるいはセスのことだ、もっといい物はないかと催促までしていたかもしれない。
もしそうならば、たまたまセルジュの出立に気がついた使用人は、一刻も早くセスを追い出したくて彼に知らせたのかもしれない。
「……いい加減にしておけよ、お前は」
今回同行している中では、セスの次に歳も騎士歴も若いイエル。
昼食を摂りながら、大いにあてがはずれたと少ししつこいくらいにぼやくセスを、先輩騎士に当たるファウスをチラリと横目で見ながら窘める。
「だってさぁ、知事って儲かるんだろ?
貴族だっていうのにケチ臭いじゃないか」
もう遅い朝食にすら遅すぎる時間だから、おそらく一行のように都合で昼食を早めに摂っているのだろう。
他にも多くいる客たちで食堂は賑わっており、セスの声も自然と大きくなる。
その声に気づき、耳を傾ける一人の青年がいた。
いや、こちらも一行といった方がいいかもしれない。
「おい、手勢を集めろ。
あいつ、ぶっ殺す」
中の一人が歯がみするように顔を歪めてそう呟くと、周囲にいた男たちはこれから起こることを楽しむようにニヤリと笑い、「はい」 とか 「おう」 などと答えながら腰を上げる。
彼らがアーガンたちの前に姿を現わしたのは、食事を終えて外に出てすぐのことである。
「おい、貴様ら!」
当たり前のようにノエルを抱えて歩くアーガンのすぐ隣にはセルジュが。
そしてその三人をさりげなく囲うように三人の騎士が歩く。
少しばかり小綺麗な格好をしたセルジュの護衛という体裁は取り立てて珍しくもないし、まだ領地境からどれほども離れておらず、大剣を背負った用心棒というアーガンの風体も珍しくはない。
だがここは白の領地である。
その燃えるような赤毛は目立つ。
怒気をはらんだ背後からの呼び掛けに、すぐさま町中の衆目を集める。
偶然アーガンの肩越しにうしろを見ていたノエルが一瞬早く気がつくけれど、その中の一人を見てビクリと体を強ばらせる。
直後、背後から掛けられる声に他の面々共々アーガンが振り返り、ノエルはアーガンの分厚い肩に埋めるように顔を隠す。
「なんだ、なんだ?」
もちろんアーガンもノエルの様子には気づいたが、掛けられる声に、他の面々とほぼ同時に振り返る。
そして相手の姿を確かめる。
(あれはひょっとして……)
一行を呼び止めたのは、一言で言えば町のごろつきたち。
見た感じの年齢は、下は成人前後から上は三十歳を過ぎているだろう。
いかにもチンピラ風の容貌から、ちょっとした金持ちのボンボンらしい服装など、年齢も階層も異なる男たちが十人くらいだろうか。
その先頭に立ち、声を掛けてきたリーダーらしい男を見てアーガンはすぐにピンときた。
年齢は二十代半ばくらい。
中肉中背で、茶の髪に茶の瞳と取り立てて目立つところのない容貌の青年だが、一つだけ、周囲の男たちとは異なる特徴がある。
着ている服だ。
身なりはとても整えられている。
こんな町中でごろつきたちとつるむには不似合いなくらいに整えられており、豪奢に飾られている。
いかにも高価に見える衣類で着飾っているのだが、その配色センスといい、アーガンたちは似たような人物に覚えがあった。
そう、つい先程会ってきたばかりのあの男に似ているのである。
アロン・ハウゼン
つまりこのリーダー格の青年はその息子アプラ・ハウゼン。
年齢的にも合うし、まだまだ記憶に新しいアロンの顔と照らし合わせてもよく似ている。
ろくでなしというのも、ごろつきたちとつるんでいる様子からわかる。
それでも念のため、アーガンはこっそりとノエルに囁いてみる。
「あの中に見覚えのある男はいるか?」
「お父さんとはなしてた……」
「そうか、わかった」
それがどの男かは言わなかったけれど、あの中に以前、クラウスと会って話していた男がいるとわかれば十分。
状況次第では、このままノエルを抱えて走ることにもなりかねないので下ろすことはせず。
その細い背を軽くさすってやりながら隣のセルジュに囁く。
「アプラ・ハウゼンだ」
「あれか」
そう呟いて溜息でも吐きそうだったセルジュだが、驚きはしなかったから、おそらく彼にも予想が付いていたのだろう。
それ以上はなにも言わず、被ったフードの下で表情を変えることもなく、アプラ・ハウゼンとおぼしき青年がなにをするつもりなのか、状況を静かに見守る。
「お前だ、お前!」
騒然とする町中でも響き渡る大声を上げた青年は、衆目が集まる中、そう言ってアーガンの少し後ろを歩いていたセスを指さす。
名前がわからないためお前呼ばわりをされたセスは、最初は 「え? 俺?」 と驚いていたが、青年の 「そうだ、お前だ」 という物言いが気に入らなかったらしく、不快そうに表情を変える。
「誰だよ、お前?
俺がどうしたっていうのさっ?」
「やめろ、セス」
「知らねぇよ!
こいつから因縁付けて来てんだから」
横からイエルが止めるけれど、聞かないセスはイエルにさえ喧嘩腰に応える。
反対側にいるファウスはあえて会話に入らず、向きが変わってしまったため、今の状態で一行の背後に目を配る。
「セス!」
「うるせぇ!」
「お前ら、俺を無視して喋るんじゃない!」
「だからお前、誰だよっ!
俺がどうしたっていうのさ!」
イエルに割り込まれて答え損ねた青年は、繰り返されるセスの乱暴な問い掛けに、ここぞとばかりに少し背を逸らせ気味に名乗る。
「俺はアプラ・ハウゼン。
さっきお前がケチだなんだと話していたハウゼン家の公子様だ!」
セスとノエルを除いた四人は、自身に 「様」 付けするアプラの教養のなさに呆れるが、アプラの用件はだいたい見当がついている。
だから黙って事の推移を見守ることにする。
もちろん高みの見物といかないことはわかっている。
アプラとセスが決闘でもするのなら勝手にすればいい。
だがアプラが引き連れるごろつきどもが、それを黙って見ているだろうか?
ただ暴れたい、衆目を集めたいだけの彼らにとって、その理由や切っ掛けなどなんでもいいのだから……。
【リジー・マディンの呟き】
「さて、側仕えもとりあえず三人。
あと二人は欲しいところだが、引き続き探すとして……お部屋の支度はこんなものか。
とりあえずのご衣装も用意できたし、あとは……」