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円環の聖女と黒の秘密  作者: 藤瀬京祥
一章 黒い髪の少女
27/109

25 アロン・ハウゼン (2)

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!




命ぜられるままハウゼン家に立ち寄ったセルジュは当主アロンと話す。

ようやくのことで、クラウスが赤の領地にいることを知っていたと認めるアロンだが・・・・・・

 ハウゼン家の嫡子アプラ・ハウゼンは、セルジュやアーガンと変わらない歳の青年というが、その父親であるハウゼン卿アロンは、彼らの両親より歳上だが祖父母たちより若い。

 そしてクラウスはセルジュたちの両親と同世代。

 セルジュたちが確認した記録によれば、クラウスがハウゼン家の養子に入ったのは十五、六歳の頃となっており、彼の養父母となるにはハウゼン夫妻は若かったに違いない。

 夫妻の間にアプラが生まれたのはその数年後だが、養子に入った当時から夫妻とクラウスのあいだは上手くいっていなかったのかもしれない。


 先代ハルバルト卿の企みに兄ユリウスが利用されたのか、あるいは兄ユリウスの企みに先代ハルバルト卿が手を貸したのか。

 またあるいは双方の利害一致により協力したのか。

 その結末さえ曖昧にされた記録には当然そんなことは記されていないけれど、クラウスはなにか知っていた可能性があるから、例えハウゼン夫妻が彼の両親と同世代でも上手くいっていなくてもおかしくはない。


 おそらく知っていただろう。

 だから親子間は上手くいかず。

 追い打ちを掛けるようにアプラが生まれ、クラウスはこれ幸いとばかりにハウゼン家を出奔したのかもしれない。

 実子に家を継がせたいと考える養父母の様子を見れば、追っては来ないと考えたはず。

 実際にハウゼン夫妻はクラウスを探そうとはしなかった。

 この時点で、ハルバルトにとってハウゼン夫妻は不要となっていたと思われる。


「ハルバルト卿に、クラウス様が赤の領地(ロホ)に移られたことは話していたのですね」


 知事の地位を餌に簡単に手懐けられ、体よく辺境に追いやったクラウスの監視がアロンの役目である。

 当然と言えば当然だろう。

 淡々と話すセルジュに、アロンも 「もちろん」 などと謎の自信を見せる。

 ハルバルトが 「赤の領地(ロホ)にいる限りは放っておいてかまわない」 と言ったのは、領地境を越えての干渉は四聖(しせい)の和合に反するから。

 そのためクラウスが白の領地(ブランカ)に戻らない限りは 「放っておいてかまわない」 と言わざるを得ない。


 だが本当にハルバルトがなにもしなかったとは言い切れず、クラウスの死に関与していないとも言い切れない。

 すでに遺体は埋葬され墓の下にある。

 墓荒らしの真似事をするわけにもいかず大人しく引き下がったセルジュは、当初の目的通りノエルだけを連れて戻ってきた。

 それでも疑惑はぬぐい去れない。


 本当にハルバルトはなにもしていないのか?


 なぜそう思うのかと言えば、すでにハルバルトはアロン・ハウゼンを切り捨てているから。

 クラウスが亡くなってまだ十日も経っていない。

 そしてセルジュたちが領都ウィルライトを発ったのは十日ほど前のこと。

 だがバルザック・ハルバルトは、それよりも以前にアロン・ハウゼンを切り捨てる決断をしていたのである。


「先日、葬儀のことで相談の遣いが来たはずですが」

「追い払ったに決まっているっ」

「ハルバルト卿の指示で?」

「指示など仰ぐまでもないっ」


 不快なことでもあったのか。

 荒々しく返すアロンは、続けられるセルジュの質問にも即座に返す。


あいつ(・・・)は自分から出ていったのだ。

 どこでのたれ死のうと、もう我がハウゼン家の人間ではないっ」

「随分な言い様ですね。

 ひとときとはいえ、ご子息としてお世話をした方の葬儀にも参列しないとは」

「このわたしに、平民どもと同列に並べというのかっ?」


 クラウスは赤の領地(ロホ)に帰属しておらず、エビラ・マイエルとの婚姻は正式なものではない。

 つまり本来クラウスの親族として参列できるのはハウゼン家で、エビラ一家はただの参列者となる。

 おそらくアロンはそんなことまで知らなかったのだろう。

 いや、気にもしなかったのかもしれない。

 おそらく感情のまま、気位の高さだけでものを言っているのだろう。

 けれどセルジュも都合がよかったから、あえて窘めることもせず話を続ける。


「もうハウゼン家の人間ではない、ですか」

「そうだ!」

「結構です。

 亡くなられてはおりますが、クラウス様の籍はハウゼン家から外し、ひとまずクラカライン家が預かることといたします」

「そのようなことをハルバルト様が認められるはずがない!

 勝手なことを!」


 激しく反発するアロンだが、セルジュは淡々と 「クラカライン家の決定です」 と返す。


「いいや、そのような勝手は許されぬ。

 クラカライン家といえど、ハルバルト様には……」

「ハウゼン卿、これはクラカライン家の決定です」

「だが……」

「もう一度だけ申し上げる。

 これはセイジェル・クラカラインの決定です。

 わたしはその代理人としてあなたに伝えているに過ぎない。

 (けい)にもわたしにも、もちろんハルバルト卿にも覆すことは出来ない。

 それともこの白の領地(ブランカ)に、セイジェル・クラカラインの決定を覆せる人間がいるとでも?」

「それは……その……」


 しどろもどろになるアロンの額には引きかけていた汗が再び噴き出し、窓から入る自然光に額をてらてらと光らせる。


「彼の決定は彼自身にしか覆せない。

 クラウス様の正式な処遇については、次の新緑節にでも公表されることになるでしょう」

「で、ですが、ゆ、ユリウス様はっ?

 ユリウス様がお認めにならないのではありませんかっ?」

「あなたという方は、本当に物わかりのよろしくない。

 もう一度だけと申し上げたはずだが……よろしいでしょう。

 これが最後です」


 そう言ったセルジュは一呼吸ほどの間を置き、殊更ゆっくりと言葉を継ぐ。


「クラカライン家の当代当主はセイジェル・クラカラインです。

 この白の領地(ブランカ)にあって、クラカライン家の当主は絶対。

 そのクラカライン家の当代当主が、クラウス様の籍をクラカライン家で預かることを決めたのです。

 わたしはその決定事項をあなたに伝えに来たに過ぎない。

 この決定に如何な不満があろうとも、すでにクラウス様の籍はハウゼン家にはない。

 もちろんこの決定は現状非公式ですが、(けい)はすでにクラウス様の養父という立場にはない。

 つまり口出しは無用ということです。

 当然ハルバルト卿も、伯父上(・・・)も」


 言い含めるように話すセルジュに、それでもまだなにか言い返したいらしいアロンは口をモゴモゴと動かしていたが


「わたしもクラカラインであることを思い出していただけますか?」


 セルジュが少し面倒臭そうにそう付け加えると、ついにはアロンもぐっと言葉を飲み込む。


「あまりにもあなたの聞き分けがよろしくないので忘れるところでしたが、もう一つの用件は(けい)の解任予告です」


 これはクラウスの話以上に予想外だったらしい。

 呆気にとられたアロンはしばらくなにも言うことが出来ず呆然としていたが、そのうちに意味を理解したのか、見る見る顔色が青ざめてゆく。

 さらにはうわごとのようなことを呟き始める。


「解任? ……このわたしが解任?

 知事を解任……このわたしを?」


 しばらくそんなことをうわごとのように繰り返していたが、やがてハッとすると再びセルジュに食ってかかる。


「そのような暴挙をハルバルト様が認めるはずがない!

 いかにクラカライン家といえ、私情が過ぎよう!」

「これはクラカライン家とは関係ありません。

 評議会(カウンシル)の決定です」


 領民たちを虐げ続けたつけが回ってきたのだ。

 このシルラス地方の町役場から、一人の役人が解職(クビ)覚悟で領都まで直訴に来たのである。

 勇気あるその役人は有能でもあったらしく、提出された訴状は民の声を広く拾い、よくまとめられていた。

 それはセルジュたち執政官が無視できないほどに。

 もちろん訴状がセルジュの目に入ったのは偶然ではないし、評議会(カウンシル)の招集もセルジュが伯父のラクロワ卿と(はか)ったことである。

 だがそれさえもアロンは強気に蹴散らそうとする。


「烏合の衆がいかに集まろうと喚こうと、所詮は烏合の衆ではないか!

 我々貴族とは違う!」

「言っている意味がわかりません。

 評議会(カウンシル)は満場一致で(けい)の解任を決議。

 本件は領主(ランデスヘル)の了承を以て決定された」


 淡々と告げるセルジュの言葉に、ようやくアロンも事態を理解したらしい。


評議会(カウンシル)が満場一致?

 それではハルバルト様も賛成された……のか?」

評議会(カウンシル)の議長を務められるハルバルト卿は、副議長を務められるラクロワ卿とともにこの決議を領主(ランデスヘル)に報告された。

 当然決議の場にも出席していたはずです」


 執政官であるセルジュは、召喚されなければ評議会(カウンシル)に出席することは出来ない。

 だがその様子は伯父のラクロワ卿から聞くことが出来たが、このシルラスに、クラウスの監視としてアロンを置いておく必要はない。

 それがハルバルトの判断なのだろう。

 不要となったアロンを切り捨てるのは常道だが、問題なのは彼がその判断を下した段階ではまだクラウスは生きていたということである。


 やはりなにかしら手を打ったため、アロン(監視役)が不要となったと考えるべきだろう。

 そしてタイミングよくクラウスは死亡。

 バルザック・ハルバルトがなんらかの手を下したと考えるべきだが、今も領都にいる彼には当然直接手を下すことは出来ない。

 その意を受けた配下の者が動いているはずだが、それはどこにいた誰なのか……。


 もちろんアロン・ハウゼンが仲介している可能性もある。

 その場合はハルバルトはアロンを切り捨てた振りをしているだけ。

 アロンも切り捨てられた振りをしているだけ……という可能性もあるのだが、セルジュの話を聞いて驚いている様子に不自然な点は感じられない。

 もしこれが演技なら、アロンに相応しいのは知事ではなく役者である。

 それこそ歴に名を残す名優になれるかもしれない。

 だが残念なことに今のアロンの様子は演技とは思えず、役者としての輝かしい未来は見えなかった。


「次の緑の季節には新任の知事が赴任する。

 それまでにこちらの屋敷から退去していただくことになる」

「ハルバルト様がわたしを見捨てたということかっ?」

「近く、正式な通達を携えた使者が到着するでしょう。

 まずは身辺の整理から始められてはどうですか?

 正式な通達後、引き継ぎのための知事代理が領都から赴任してきます。

 追い返すなど無駄な抵抗はなさらず、おとなしく受け入れることです。

 これ以上領主(ランデスヘル)の心証を悪くすることはお勧めしない」


 うわごとのように、ハルバルトの裏切りを信じられないと繰り返すアロンを無視し、セルジュは淡々と続ける。


「わたしの用件は以上です。

 詳しいことは使者の到着を待つといいでしょう。

 わたしがわざわざこうして立ち寄ったのは領主(ランデスヘル)のご配慮です。

 お心遣いに感謝するといい。

 評議会(カウンシル)はこんなに親切ではありませんからね」


 そう言って立ち上がると、ほぼ同じタイミングで隣にすわっていたアーガンも立ち上がる。


「先を急ぐのでこれで失礼します」


 そう言って踵を返すセルジュにアーガンが続く。

 そのあとに続くファウスが、廊下に出たところでアーガンのマントを手渡し、続いてセルジュの肩に彼のマントを掛ける。

 さすがに留め金を掛けるなどはセルジュも自分でするし、アーガンは羽織るところから自分で。

 ファウス自身は二人に続いて歩きながら、手早く羽織って留め金を掛ける。


 三人は到着時に案内されてきた廊下を逆に、真っ直ぐ玄関に向かったのだが、途中、人払いで席を外していた使用人頭と出会う。

 おそらくもてなしの準備でもしていたのだろう。

 早足に廊下を進んでくる三人を見て驚いていたが、すぐその様子にとりつく島もないと判断したらしい。

 ほんの一瞬呼び止めようとしたけれど、すぐさま姿勢を正して頭を下げる。

 それからすぐに踵を返し、おそらくご主人様のところに向かったと思われる。

 使用人頭の存在を気に留めることなく廊下を進んだ三人が玄関を出ると、外ではいつでも出立できるように、ノエルとイエルが馬番をして待っていた。

【ミラーカ・リンデルトの呟き】

「アーガンったら、お父様にもお母様にもご挨拶なく領都(ウィルライト)を空けるなんて。

 セルジュまでおば様にお知らせせず領都(ウィルライト)を空けたと聞くから、きっと閣下の仕業ね。

 どうせまたくだらないことに二人を扱き使っているのだわ。

 本当に嫌な方。

 大嫌いだわ。

 セルジュもアーガンも、帰ってきたらただでは済まさなくてよ。

 ジョアン、二人の帰城の報が届いたらわたくしにも教えて頂戴。

 すぐによ、すぐ。

 よろしくて?」

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― 新着の感想 ―
[一言] ミラーカ アーガンの婚約者か、姉妹か、従姉妹か………… 帰ってきた所に乗り込んだら、ノエルを抱っこしてるアーガンを見て、こ、子供?アーガンの隠し子? とか、大騒ぎしたりして(笑…
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