24 アロン・ハウゼン (1)
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外で待つノエルの様子を知らないアーガンたちは、散々待たされた挙げ句にようやくのことでシルラスの知事アロン・ハウゼンと対面する。
白の領地の領都ウィルライトから遙か南に位置するシルラス地方は、赤の領地に接する場所にある。
いわゆる辺境である。
商都として栄える領都ウィルライトから出立する隊商の多くは、もっと東の街道を主な移動ルートとしているため、その恩恵を受けることはほとんどない。
だが赤の領地に近く、白の領地でも赤の季節はかなり暑くなる。
その上北部に比べて緑地化が進んでおり、広大な穀倉地帯の一つとなっている。
そんなシルラス地方を治める知事はアロン・ハウゼン。
元々ハウゼン家は下級貴族で、現当主であるハウゼン卿アロンに知事としての才覚があるわけでもなければ、その才を誰かに見出されたわけでもない。
もう何代にも渡って魔術師はおろか魔力を持つ者さえ生まれない家系で、二十数年前にいたっては跡取りさえ生まれないことに困っていたが、養子縁組を相談しても、同じ下級貴族にさえ相手にされないほどの家柄でもある。
魔術師を養子にと望んだからなおさらかもしれない。
それがいかに辺境といえ、シルラスの知事に抜擢されたのにはもちろん理由がある。
先にも述べたとおりハウゼン卿アロンにその才覚があったからではない。
クラウスを養子に迎えたからである。
アロン・ハウゼンの知事としての手腕といえば、領民から上がる苦情の数々が全てを物語っており、頼みの綱であったクラウスを失ったという事実に危機感さえ覚えられないほど。
あるいは遠く領都ウィルライトにいる領主の耳には、その死の報が届かないと高を括っていたのか。
実際にそのタイミングで、領都にいるはずの上席執政官が訪れても危機感を覚えず。
本人を前に間抜け面を晒す。
「アスウェル家の公子? ……がどうして我が家に?」
身なりはとても整えられている。
いや、整えすぎて豪奢に飾りすぎているくらいだ。
いかにも高価に見える品々でゴテゴテと着飾っているのだが、商都と名高い領都ウィルライトで高級品を見慣れているセルジュやアーガンの目には、それらが安物であることが一目瞭然。
おそらくアロンは 高価 = 高級品 という理解なのだろう。
下級貴族たちは上級貴族に取り立ててもらうため、必死に見る目を養い、財力や家柄では叶わずとも、価値観を合わせることで近づく取っ掛かりを作ろうとする。
だがアロンはそれを、目に見える 「金額」 というもので間に合わせているのだろう。
同じ下級貴族からも、養子縁組の相談すらまともに取り合ってもらえなかったのも無理からぬ話である。
そしておそらくそんなところをハルバルトに付け入られたのだろう。
ハルバルト家は領都ウィルライト近郊に居を構える上級貴族で、当代領主の外戚に当たり、アスウェル家に並ぶ名門である。
そのハルバルト家の先代当主がクラウスの養子先としてハウゼン家を推挙したのは、アロンの人柄への信頼ではなく、おそらく利用しやすいと踏んでのこと。
子がなく困っている貴族なら、クラウスを大事にしてくれるだろうなどと言って、クラウスの実の両親を丸め込んだ……というのは建前で、半ば強引に養子縁組を推し進めたらしい。
そしてハウゼン家に恩を売る形でアロンを手駒にし、体よく辺境に追いやったクラウスの監視をさせていたのだろう。
そのクラウスが亡くなった今、ハルバルトはどうするのか。
そもそもハルバルトはクラウスが亡くなったことを知っているのだろうか?
クラウスは二十年以上前にハウゼン家に養子に入り、二十年近く前にハウゼン家を出奔。
その後、行方がわからなくなっていた。
実際は赤の領地に渡り、あの村に住み着いていたのだが、アロンはどの程度把握し、どの程度ハルバルトに報告していたのか。
クラウスが亡くなってすでに数日が経っている。
しかもノージ・マイエルの話では、死後すぐくらいのタイミングでハウゼン家にその報せを遣っている。
アロン・ハウゼンがその報せを、さらに領都ウィルライトにいるハルバルトに遣っている可能性はある。
つまりそれを阻止することはもう出来ないが、セルジュや依頼主には気になることがあった。
そのために帰城を急かしながらも 「ハウゼン家に立ち寄れ」 という指示が出たわけだが、そんな思惑など全く知らないアロン・ハウゼンは、取り次いだ使用人頭の報せに慌てて身支度を調えてきたらしい。
いや、飾り立ててきたといったほうがいいかもしれない。
少し汗ばんだ様子で、振りかけた香水が酷く匂った。
それも、やはり金額で物を見ているのだろう。
白の領地では、男性でも香水を付けたり香を焚きしめる習慣があるのだが、領都でも流行っているその匂いは女性物である。
好みは人それぞれ……と言ってしまうのはいいが、慌てるあまり付けすぎたのか?
きつすぎるアロンの匂いに、アーガンは思わず顔をしかめてしまう。
アーガンは脱いだマントをファウスに預け、略装としてジャケットの衿を折って顔をさらしているが、おそらく立てて鼻までを覆ってもこの匂いは防げないだろう。
その隣でわずかに眉根を寄せるに留めたセルジュも、脱いだマントとともに風除けのストールも外してファウスに預けている。
そしてファウスは自分のマントと合わせてそれらを手に持ち、椅子に掛ける二人の背後に控えている。
元々あった知事の屋敷を、就任してから建て替えたアロン・ハウゼン。
下級貴族であるハウゼン家が、就任して早々その資産をどこから調達したのかなど考えるまでもないだろう。
領民から搾取して、よくもこれほどに贅を尽くしたものだと呆れるほどの豪邸である。
三人が案内されたのは、おそらく幾つかある応接室の中でも一番の部屋なのだろう。
だが調度はもちろん、壁紙から絨毯からカーテンから、どれも品があるとは言えず、配置にもセンスが感じられない。
そしておそらくどれも、高価なだけの安物なのだろう。
出された茶は、アロンが付けた香水の匂いがきつすぎて味も香りもわからなかったが、茶器は、やはり高級品に見せかけた安物である。
「ようこそいらっしゃいました。
あの名門中の名門、アスウェル家の公子をお迎えできるとは」
使用人頭の 「旦那様がいらっしゃいました」 という先触れの直後、動揺も顕わに登場するアロン・ハウゼン。
セルジュとアロンは、公子と当主の違いはあれど身分の差は歴然。
本来ならば使用人頭は 「主人の支度が整いました」 あるいは 「いま主人が参ります」 などと言うべきところだし、アロンはアロンで当事者を前に 「あの」 などと言ってしまう失礼さ。
この主人にこの使用人あり。
内心では呆れるアーガンとセルジュだが、教養としてそれは表に出さない二人。
好意的に取れば、名家の子息であるセルジュの突然すぎる訪問に動揺したとも考えられるが、平素のアロンを知らない二人には判断がつかない。
だからここは定石通りに対応する。
「初めてお目に掛かる。
セルジュ・アスウェルです。
突然に訪れた上、このような格好で申し訳ない。
所用で出掛けておりました帰途で立ち寄らせて頂いたので」
「とんでもございません!
アスウェル家の公子と言えば、若くして執政官となられた優秀な方。
お忙しいところをわざわざ立ち寄り頂きまして光栄です。
息子にも常々公子を見習えと言っているのですが、なにぶん歳をいってからの子なので、ついついわたしも妻も甘やかしてしまって、お恥ずかしい」
アロンは汗を拭きながらやや早口に返してくる。
本来のハウゼン家は、領都の噂にのぼることもない田舎の下級貴族である。
クラウスが養子に入ってからは、慎重な扱いが必要になる腫れ物となり、今は、話題が尽きた時の笑い者になっている。
その原因が息子のアプラ・ハウゼンの素行である。
父親のアロンと初対面のセルジュとアーガンは、当然息子のアプラとも面識はない。
だが出立前に参考として仕入れた情報によると、セルジュたちとさほど歳の変わらない青年らしいが、なにかしら役職に就いているわけでもなければ父を手伝うこともせず。
日がな一日遊びほうけているらしい。
しかも金遣いが荒く女遊びも激しい。
ハウゼン家周辺にある町に出向いては酒場に入り浸って大酒を煽り、賭け事に耽るだけでなく、高級娼婦にはまってひと月近くも娼館に泊まり込んだり。
時にごろつきどもと徒党を組んで町を騒がせたり田畑を荒らしたり。
意に沿わない領民を不当に牢に放り込んだこともあれば、見せしめの如く町中で鞭打ったり、家に火を掛けたこともあるほどの狼藉っぷりである。
町にある役場に顔を出すことのない父親のアロン・ハウゼンは、日々この屋敷でふんぞり返り、役人に役場と屋敷を往復させて命令を出すだけ。
自分に都合のいい人間を取り上げて見返りで懐を肥やし、都合の悪い陳情には耳を貸すどころか門前払い。
当然息子の悪行の数々も放置である。
この状況に、さすがに耐えかねた役人の一人が解職を覚悟で城に陳情。
緑の季節が始まった頃から内偵が入っていたのだが、役場に足を運ぶことのない彼は未だになにも気づいていないのだろう。
出立前にこの陳情書を目にする機会があったセルジュは、そこから話を切り出そうかと考えていたが、アロンのほうから息子の話題を持ち出してきたので丁度いい。
早速本題を切り出すことにする。
「本日こちらに伺った用件は二つ。
まず一つ目は、もう一人のご子息のことです」
「もう一人、とは……」
動揺を抑えようと努めているのだろうか。
アロンはゆっくりと、言葉に詰まりながら問い返す。
だがセルジュはなんでもないことのようにサラリと返す。
「もちろんクラウス様のことです。
こちらで過ごされたのは数年と伺っておりますが、ひとときとはいえご子息であった方のことをお忘れですか?」
「クラウス、ですか……はぁ……その、あれにも困ったもので、今はどこでどうしてるのやら……」
クラウスがハウゼン家を出奔し、行方が知れなくなっていることを領都に報告したのは、もちろんアロン本人である。
「ご存じないと?」
「もちろん。
わたしも妻も、どうしているか心配で……」
「今回のわたしの所用とは、クラウス様とお会いすることでした」
平然と話を続けるセルジュにアロンはハッとする。
「まさか……あの……」
「あなたはご存じでしたよね、クラウス様が赤の領地にいらっしゃることを」
「いや、知りませんよ、わたしは!
知っていれば……」
「知っていれば会いに行かれましたか?
連れ戻されましたか?」
淡々と話すセルジュだが、やましいことがあるアロンは 「それは……その……」 と言い淀む。
「素行不良の挙げ句出奔。
確かそう報告されていましたか。
それを理由にクラウス様を廃嫡とし、実子のアプラ殿を嫡子に据えられたそうですね」
「ですから、それは、その……」
「実子に継がせたい気持ちはわからないでもないとセイジェル様も仰っておられたが、クラカライン家に伺いも立てず、その決定をするのは如何なものか?
そもそも貴殿が知事に就任されたのも、クラウス様が当家におられてこそ」
「お待ちください!
それはハルバルト様がお取り計らいくださったことで、クラカライン家は……」
クラカライン家、それがクラウスの生家である。
セルジュとアーガンのうしろで話を聞いているファウスは (やはり……) と内心で思うけれど、もちろん表情には出さない。
護衛という立場に徹して表情を変えず、正面にいるアロンより、背後にある扉の向こうに意識を戻して警戒する。
「ハルバルト卿にその権限はない」
クラウスが生家であるクラカライン家を追放同然に追い出され、ハウゼン家に養子として入った当時、まだ生まれていなかったセルジュはそれだけを断言すると、一呼吸ほどの間を置いて続ける。
「貴殿はクラウス様が赤の領地におられることを知っていた」
「いや、だからわたしは知らないと……」
「わたしは赤の領地まで、クラウス様に会いに行ってきました。
すでに亡くなられ葬儀すら終わっていましたが、村の者が、生前のクラウス様とアプラ殿が物陰で話しているところを見ています。
それにクラウス様の義兄に当たる者が、こちらに訃報を報せにやったと話していました」
アプラとクラウスが話しているところを見たのはノエルだが、あえてクラウスの家族に目を向けさせないため、セルジュは 「村の者」 と誤魔化す。
だがノエルも 「村の者」 なので嘘はついていない。
さらには暗に 「知らなかったとは言わせない」 と、淡々と話しながらも追い込むセルジュに、ついにアロンは開き直る。
「あいつは……あいつのせいで、どれだけわたしが迷惑をしたと思っているのですかっ?」
「迷惑?
クラウス様は赤の領地に移られて以来、一度も白の領地には戻っておられないはず」
それでどうやってハウゼン家に迷惑を掛けるのか? ……と尋ねるセルジュに、アロンは忌々しげに答える。
「あいつは戻ってこなかったが、あいつが住んでいるという村の連中が来た。
不作だから助けてくれとかなんとか言って、金を無心してきたんだ」
「それは……確かに難しい問題ですね。
いかにクラウス様がお住まいとはいえ、領地境を越えた援助は越権行為になる。
赤の領地の知事の了承を得なければならないが、まずは得られないだろう」
「出来るはずがない!
あの平民ども、そんな当たり前のことも知らずに、厚かましくもこのわたしに援助しろなどと言ってきたのですぞ!
それもあいつも困っているからとか、あいつを助けると思ってとか、恩着せがましい言い方をしおって!
腹の立つ!!」
アロンとハルバルトが繋がっていることを知っているクラウスが、あえてクラウスに助けを求めるとは思えない。
おそらくクラウスの与あずかり知らぬこと。
無断で名前を利用されたクラウスには、さぞかし迷惑な話だったに違いない。
またアロンも、元々下心ありでクラウスの養父となったのだから情などあるはずもない。
だから余計に助けを求める村人の言葉が、アロンに代わってクラウスの面倒をみてやっているのだから……とでも言っているように聞こえ、さぞかし恩着せがましく思えたに違いない。
実際に、最初は流れ者同然だったクラウスを引き留めたノージ・マイエルには下心があったし、そんなノージの話をする村人の様子にも、クラウスに対して少し恩着せがましいものがあったから、アロンには余計に腹立たしかったのだろう。
「ハルバルト様が、赤の領地にいる限りは放っておいてかまわないと仰るから見逃してやっていたものを……」
「ハルバルト卿に、クラウス様が赤の領地に移られたことは話していたのですね」
知事の地位を餌に簡単に手懐けられ、体よく辺境に追いやったクラウスの監視がアロンの役目である。
当然と言えば当然だろう。
淡々と話すセルジュに、アロンも 「もちろん」 などと謎の自信を見せる。
ハルバルトが 「赤の領地にいる限りは放っておいてかまわない」 と言ったのは、領地境を越えての干渉は四聖の和合に反するから。
そのためクラウスが白の領地に戻らない限りは 「放っておいてかまわない」 と言わざるを得ないのである。
だが本当にハルバルトがなにもしなかったとは言い切れず、クラウスの死に関与していないとも言い切れない。
すでに遺体は埋葬され墓の下にある。
墓荒らしの真似事をするわけにもいかず大人しく引き下がったセルジュは、当初の目的通りノエルだけを連れて戻ってきた。
それでも疑惑はぬぐい去れない。
本当にハルバルトはなにもしていないのか?
なぜそう思うのかと言えば、すでにハルバルトはアロン・ハウゼンを切り捨てているから。
クラウスが亡くなってまだ十日も経っていない。
そしてセルジュたちが領都ウィルライトを経ったのが十日ほど前のこと。
だがバルザック・ハルバルトは、それよりも以前にアロン・ハウゼンを切り捨てる決断をしていたのである。
【ある村人の呟き】
「すでに乾季に入って半月近く経つが、まだ川の水が減らない。
代わりに井戸の水位が下がっている様子もないが……。
貯水池の水位を調整しながら様子を見るか。
どうせ役場に届けても取り合ってはもらえんだろうが、上流のどこかで貯水池になにかあったか?
近隣の村の様子も気になるが、どうしたらいいのか……」