22 マルクト国 (2)
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宿を発った一行は、雇い主に言われるままハウゼン家を目指す。
その道中、アーガンとノエルが話すのは……
「白の領地は他の領地に比べて季節の変化が豊富だ。
そのおかげで植生は種類が豊富で畜産も盛んだが、この風が少々曲者でな。
油断をするとすぐ土地を荒れさせる」
そのために白の領地は荒野が多いとアーガンは話す。
彼の顎下で話を聞くノエルは領地境のことを思い出すが、あれは加護が反発し合う影響で風は関係ない。
赤の領地と緑の領地の領地境も同じようなものだと、行ったことのあるアーガンは話す。
「だがその風のおかげで樹海に飲まれず、冷気と熱気を押し返すことが出来る。
まぁなんだ? さじ加減が重要ということだな」
独り納得したように呟くアーガンだが、ノエルは 「わからない」 とその説明不足に首を傾げる。
だがアーガンは脳筋である。
それ以上に噛み砕いた説明が思い浮かばず、風除けのために立てた衿で半分隠した顔。
唯一のぞく目を細めて苦笑いをしながら話を続ける。
「他に、外からこの国に入る窓口にもなっていて、交通の要所?
いや、交易の要所か?」
どちらの言葉表現が正しいのかと思案するアーガンに、珍しくノエルの方から尋ねる。
「そとのくに?」
「ああ、この国にはない色々な物が運ばれてくる」
四つの領地それぞれが国境を持っていながら、なぜ入国の窓口を主に白の領地が担うのか?
それはこの国の立地にある。
南の赤の領地は、その南側には一年を通して昼は灼熱、夜は極寒となる熱砂の砂漠が広がっている。
点在するオアシスから来る隊商は、その熱砂の砂漠によく慣れた者だけで構成され、万全の装備を調えてようやく越えることが出来る厳しい旅路である。
おまけに砂漠は馬車が通れず、運べる荷も限られている。
東の緑の領地は一年を通して温暖で湿潤な気候だが、多くを山地が占める上に湿地や沼地が点在するため耕作地が限られている。
そのさらに東側には、国を成さない少数の民が住み着く広大な樹海が広がり、こちらも荷馬車が隊列を成して通れるような道はない。
おまけに一度樹海に入れば、抜けるまでほぼ野宿。
獣なども多く生息し、非常な危険を伴う。
だが街道のようなものを作ることは樹海の民が許さず、以前、短気を起こした緑の領地の領主が騎士団を派遣したことがあったが、地の利を取られて無残な敗走を喫している。
それ以来、現在に至るまで樹海に住む民とは険悪な状態が続いているという。
この緑の領地の領主がアールスル家で、騎士団を派遣した当時の領主もそうだが、現在の領主も相当なアホだとアーガンは話す。
当時、派遣されたのは当然緑の領地の騎士団だったが、大敗を喫しながらも、それこそ頭から湯気を噴き上げんばかりの勢いで怒り狂った当時の領主は、他の領主に対しても騎士団の派遣を要請したという。
それこそ国を挙げて樹海の民を殲滅せよとばかりに語気を荒らげたが、これに他の三領主は応じず。
戦による殲滅ではなく、共存を選ぶべきと判断したのである。
この国は四人の領主による合議制である。
緑の領地の領主アールスル家が、いかに戦を扇動しようとも他領は不可侵。
四人の領主は対等な立場にあり、いかなる方法を用いても他の領地を侵すことは 【四聖の和合】 により禁じられている。
当然他領の騎士団はもちろん、魔術師団も、その領地の領主の命によってのみ動かすことが出来る。
迂闊に破れば、緑の領地こそが他の三領地によって制圧されてしまうだろう。
【四聖の和合】 を維持するという名目の下に……。
その三領主が、樹海の民との遺恨をさらに深めるより、危ういながらも現状による共存を選んだ以上、緑の領地の領主も従わざるをえず、その一件は一応の落着をみた。
だがアールスル家は、今の当主もまたやらかしているというのだから本当に頭が痛い。
しかも国内で、である。
当然武力行使に出るわけにもいかず、他の三領主は頭を抱えていた。
緑の領地を治めるアールスル家は、四領主の中でも特に頭の痛い家系だとアーガンは話す。
それこそ樹海討伐の失敗からそれほど年数も経っておらず、その記憶も、まださほど古くもならないうちにまたやらかしているのだから無理もないだろう。
また緑の季節が来れば一悶着あるだろうと話すアーガンだが、ノエルの 「どうして?」 という問い掛けには、「緑の季節になればわかるかもしれん」 とお茶を濁す。
「どこまで話したか?」
「赤の領地、緑の領地」
「そうだったな。
では次は青の領地だ」
この国の北に位置する青の領地は、他の領地と同じく、一年は緑、赤、白、青の月がそれぞれ三ヶ月ずつある。
けれど寒い青の季節が殊更長く、短い赤の季節はさほど暑くならない。
むしろ涼しいくらいで、慣れない他領の者には時に寒く感じられるほど。
そして緑と白の季節はほとんどないに等しく、あっという間に過ぎてしまう。
そんな青の領地の北側には海が広がり、短い赤の季節にのみ船を出して渡ることが出来る。
それ以外は峻険な山々から冷たい風が吹き下ろし、長い青の季節には雪と氷に閉ざされてしまう。
獣さえなりを潜めるほど極寒の地となる。
つまりこの国に入るには、樹海の民との不仲により東側のルートは絶望的。
他には熟練者のみが越えられる熱砂の砂漠を行き来する南側のルートと、短い赤の季節のみ渡れる北側ルート。
どちらも限定的で、季節を問わず行き来できるのが、一年中強く弱く風の吹く荒野と岩場が広がる白の領地の西側ルートである。
四つの領地の中では四季の変化が均等にはっきりしている白の領地は、緑の季節はあらゆる物が芽吹き、赤の季節は暑くあらゆる物を育み、白の季節には作物を実らせる。
そして青の季節には雪が降り積もる。
一年を通して風が吹き続け、乾期と雨期、大風などもある。
今がその乾期に当たるのだが、収穫した穀物を乾燥させるには丁度よく、ハウゼン家に向かう道中に広がる畑は収穫の真っ最中だった。
そんな白の領地の西側に広がる荒涼とした平原や岩場には白の領地に近い季節があり、一年を通して空っ風に砂が舞い、時に大風となって旅人を遭難させる。
決して他領に比べて安全なルートではないが、白の領地の領主の働きかけで、交易ルートに避難小屋や宿泊施設を設置。
それらの維持管理などを一つの商売として成り立たせるなど、長い時間を掛けて開拓。
交易ルートとして確立させ、現在も維持管理などを交易国と協力して行なっている。
そうして多くの隊商を白の領地に招くことで、昔から交易都市としても栄えている。
「そもそも白の領地は昔から商才があって……なんと言ったかな?
俺は赤の魔術なんで詳しくは知らないのだが、常に風は自由に在ある……だったか?
すまん、よく覚えていないが、なにかそういった性質で、旅や商才に長けている……みたいなことらしい」
いくらアーガンが赤の魔術師とはいえ、父親が赤の領地の出身とはいえ、アーガン自身は生まれも育ちも白の領地である。
その性質についてはこどもの頃に通っていた学校で習っているはずだが、所詮は脳筋。
日々の鍛錬によって脳みそまでが筋肉と化し、かつての学びの時間や得たはずの知識を全て溶かしてしまったらしい。
はて、どうだったか? ……などと首を傾げている。
享楽の緑 情熱の赤 芸術・商才の白 冷徹の青
これがそれぞれの性質と言われるが、それぞれの領民の性質というより領地の性質といったほうがよいかもしれない。
当然のように白の領地以外にも商才に長けた民はいるし、青の領地にも情熱的な民はいる。
そして白の領地にも享楽に耽る者もいる。
ではなぜそのように言われるようになったのか?
それはある史実を隠すためだが、知ってか知らずか、この時のアーガンはそのことについては触れなかった。
「ここまでの話はどうだ?
少しはわかったか?」
文官ならばもう少しわかりやすく話せるのだが……と少し申し訳なさそうなアーガンに、ノエルは容赦なく 「わからない」 とその努力を無駄にする。
だが落ち込むのは早いらしい。
「そうか、わからないかぁ」
「おぼえた」
「覚えたとは?」
「アーガンさまのはなし、おぼえた」
そういう意味か……と、ある意味納得するアーガンにノエルは尋ねる。
「りょうしゅさま、白の領地は?」
「白の領地の領主?
ああ、それは……」
ふと思いついたノエルの質問に答えようとしたアーガンだったが、視線の先、進んできた道の先に大きな屋敷が見えてくる。
アーガンの言葉が途切れると、ノエルも前を見て屋敷を見つける。
それはノエルが初めて見る建物で、来た道の行き着く先に、高い石垣に囲まれるように建っていた。
「あれ、なに?」
「あれを屋敷と言うんだ。
お前を連れて行くクラカライン屋敷はもっとデカいぞ」
「おおきい……いえ?」
「そうだ。
あれはこのシルラス一帯を治める知事、ハウゼン家の屋敷だ」
そう話すアーガンは、チラリと眼下にノエルの帽子を見て続ける。
「昨日のセルジュの話は覚えているな?」
「……おとうさん、だめ。
ぼうし、ぬいだらだめ。
しゃべったらだめ」
馬の背に揺られながら、たどたどしく答えるノエル。
駄目なことばかりの上、今日は野宿のため夜は寝台で休めない。
そのことを思い出してしょんぼりしてしまうノエルだが、アーガンはさらに言う。
このあとハウゼン家の屋敷で、当主であるアロン・ハウゼンとセルジュが話しているあいだ、ノエルは外で待っているようにと。
それもセスと一緒に。
「セス、いや」
「すまんな。
イエルの側にいるといい」
「イエルさま?」
「あと、待っているあいだ水は好きに飲んでいい」
ハウゼン家の屋敷で用を済ませたあと、先程発ったのとは違う町に寄り、野宿用の食糧などを調達する。
その時に共用の井戸で水も分けてもらうから……と説明すると、ノエルは 「わかった」 としょんぼりしたまま答える。
この時アーガンは、ノエルのある変化に気づかないまま。
ほどなく一行は、ハウゼン屋敷に到着する。
予定にない訪問者の来訪に、迎えるハウゼン家は俄に騒然となる。
まずは取り次ぎの門番にファウスが訪問の目的を告げる。
もちろん断らせないためセルジュの名前を出して。
閉じられたままの門前で待たされたことはともかく、門を入ってからも玄関の前で待たされるという不手際があり、それでも飽き足らず、応接間に通されてからも散々待たされる始末。
ようやくのことでセルジュ、アーガン、ファウスの前に現われた当主アロン・ハウゼンは、それでも精一杯急いで身支度を調えたのか、顔中に酷い汗をかいていた。
【セルジュ・アスウェルの呟き】
「遅いな。
まさか逃げたわけでは……さすがにそれはないだろうが……ハルバルトに連絡を?
いや、ハウゼン家に魔術師はいないはず。
今から領都に使いを出したところで何日後に到着するか。
そこまで愚鈍とも思わないが、それにしても遅すぎる。
そもそもわたしたちが訪問することを知らないはずだが……」