21 マルクト国 (1)
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体を拭いてもらい心地よく眠るノエルだが、側ではセルジュとアーガンが、依頼主から新たな難題を出されていたようで……
「alu…… 世界を渡る風よ、御身に託されし風の音を我に届けよ。
遠方より御身に預けられし言の葉を我に聞かせよ」
寝台の上で毛布にくるまって眠るノエルのそばでセルジュは、アーガンに見守られながら届いたメッセージを、媒介のペンダントから解放。
足下に展開する魔法陣の中、魔宝石から溢れる光の粒を読み解く。
届いた内容は先日の報告に対する返事と、ちょっとした難題である。
ノエルが目を覚ましたのは、魔法陣と共に光が消えて間もなくのこと。
セルジュとアーガンが、出された難題の対策を話していた最中のことである。
(……いいにおい、する……)
潜り込んだ毛布から鼻だけを出して、まるで動物がするようにフンフンと匂いを嗅いでいると、その様子に気がついた二人が視線を向ける。
アーガンがペラリと毛布をめくると一層匂いが強くなるが、しばらくそのことに気づかなかったノエル。
アーガンに声を掛けられてようやく気づき、ビクリと体を強ばらせる。
「飯の匂いがするか?」
そう言って少し笑うアーガンだったが、ノエルが嗅いでいたのはもっと違う匂いである。
けれど部屋には匂いの元になりそうなものは見当たらない。
ほどなくファウスが三人分の夕食を運んでくると、アーガンに促されたノエルは眠い目を擦りつつのっそりと体を起こす。
ノエルが寝ていると聞いてファウスとイエルが気を利かせて食事を運んできたのだが、警護の都合上、セルジュも一緒にという話に。
ないセルジュの返事を勝手に 「承諾」 と判断し、三人分の食事が運ばれてきたのである。
知らない人が大勢いて、いつ喧嘩が始まるともしれない食堂はとにかく賑やか。
人が苦手なノエルにはとても落ち着いて食事が出来る状況ではない。
でも部屋なら人目もなく、少しは落ち着いて食べられるし、帽子も被らなくていい。
少しでも多く食べられるのではないか……とも思われたのだが、そこには別の問題が立ちはだかった。
多くの客に食事を提供する宿屋の食堂は、宿泊客以外にも利用でき、むしろ宿泊客よりも、食事を摂るためだけに立ち寄る客のほうが多いくらい。
飲める酒には幾つか種類があるけれど、頼める食事にメニューはない。
日によって、あるいは宿によってはサラダやパンなどの提供もあるけれど、メインは一つ。
寒い日でも暑い日でも、その宿オリジナルの熱熱スープ一択である。
大きな鍋に一杯作るための具材は、その皮むきなどの下準備は下働きの仕事で、多くは家計を助けるため働き出した成人前のこどもである。
そのため剥き残した皮が残っていることはどこの宿でもあるし、切り分ける大きさもバラバラ。
ジャガイモやニンジンが生煮えなのもよくあることだが、どこの宿もそんなものだったからいちいち文句をつける客も珍しい。
その生煮えの大きなジャガイモを前に、ノエルは苦戦を強いられていた。
大きすぎる上に形がいびつで、上手く匙に乗せられないのである。
不器用すぎるノエルの苦戦を、自身も食事を摂りながら見守っていたアーガンには、すくえたところでノエルの口には大きすぎるし、生煮えなのもわかっている。
騎士団の宿舎にある食堂も同じだから、アーガンたちも生煮え具材を口にしたことは一度や二度ではない。
その経験から、おおよその大きさを見ればわかるのである。
ちなみに騎士団の食堂は、好き嫌いはもちろん残すことも許されていないため、お上品な貴族出身の騎士も、ほどなく食が強かになることで有名である。
ノエルもそれが食べられれば少しは強かになるかもしれないけれど、そもそも匙に乗せることすら出来ずにいる。
しかもそれを置いて他を食べればいいのだが、なぜかそのジャガイモに執着しており、そこから食べ進めずにいた。
このままでは折角の熱熱スープが冷めるどころか、夜が明けても食べ終わらない。
しばらく食べながら様子を見ていたアーガンだったが、やがて
(これは駄目だな)
そう判断。
横からノエルの器に匙を差し込んで問題のジャガイモをひょいっとすくい上げると、そのまま自分の大きな口に放り込む。
最初はキョトンとしてたノエルだったが、横取りされたことに気がついて恐怖を覚える。
いつも家族にされていたように、ご飯をとられると思ったのである。
だがアーガンは、案の定生煮えだったジャガイモを口の中でしゃりしゃりガリガリいわせながら、自分の器から小振りのジャガイモやニンジンを幾つか、ノエルの器に放り込む。
まず生煮えの心配はないだろう大きさのものばかりを選んで。
とられたご飯が返ってくることは人生初だったから、やはりノエルの食べる手は止まったまま。
困惑しているあいだにもアーガンたちの食事は進んでいく。
「……冷める前に食べなさい」
ずっとノエルの世話をアーガンに丸投げをして見て見ぬ振りを続けていたセルジュだったが、あくまでも見ぬ振りであって見えていなかったわけではないし、気にならなかったわけでもない。
むしろ色々と気になっている。
そのため距離をとって観察していたのだが、その程度の言葉を掛けるくらいはなんでもないこと。
淡々とした言葉に、ノエルは困惑しつつもようやくのことで食事を再開する。
ノエル以外は、セスを含めて全員が成人している一行。
騎士団の宿舎では、翌日が非番の時は酒を飲んでもいいが、現在は任務中のため禁酒中。
出立して間もない頃は、お酒を覚えたばかりのセスなどは、夜ごと、とった宿の食堂を賑わす酔っぱらいたちの姿もあってやたらと酒を飲みたがったけれど、さすがに今は少し落ち着いていた……はずだったが、セルジュやアーガンの目がないこの夕食では、部下三人もバラバラに食事を摂ったこともあり、一杯だけならバレないだろうなどと甘いことを考えたらしい。
当たり前のことだがすぐにバレ、交代で食事を摂ったイエルに拳骨を落とされた。
もちろん翌朝にはアーガンにも。
「イエル、バラしたなぁ~……」
そんな恨み言を呟いていたが、イエルは知らない振り。
イエルから話を聞いて知っていたファウスは、その恨み言を吐くセスの様子を見て小さく息を吐く。
当然のことだがセルジュは聞こえない振りである。
この朝は泊まった宿で朝食を摂ってからゆっくり出立したのだが、問題が二つ発生する。
一つ目は、アーガンの馬に乗せられたノエルが、目的地であるハウゼン家の屋敷に向かう道中でくしゃみを連発したことである。
髪は束ねて帽子の中に押し込み、昨日古着屋で買い求めたストールを巻いて顔を半分ほど隠している。
ストールは出立前にアーガンが巻いてやった。
だから巻き方は大丈夫だろう。
となると隙間から砂埃が入ったというわけではなさそうだ……と考えたアーガンは、しばらくして気がつく。
「寒いか?」
ジャケットの襟を立てて鼻のあたりまでを覆ったアーガンは、少しくぐもった声で眼下のノエルに話し掛ける。
揺れを堪えるノエルは上手く体を動かせず、ぎこちなく小さく頷くのが精一杯。
それを見たアーガンは 「そうか、寒いか」 と繰り返す。
昨日の朝はまだ赤の領地にいたから忘れていたが、白の季節を迎えた白の領地の朝はもうひんやりとし始めている。
しかも赤の領地で生まれ育ったノエルは、季節の進み方が違うことを知らなかったから今朝の寒さに驚いていたが、やはり怒られることが怖くて 「寒い」 とは言えなかったのである。
「そうだな……」
そう呟いて思案したアーガンは、ハウゼン家での用を済ませたあとの予定をかいつまんで話す。
今日から数日は野宿の予定なので、次の町で必要な食糧を調達する。
その時に古着屋を探し、ノエルの上着も調達しよう……と。
白の季節を迎えた白の領地は、これから青の季節に向かってどんどん寒くなってゆく。
朝晩の冷えはもちろん日中もどんどん寒くなってゆくから、風邪など引く前に備えるに越したことはない。
まして今夜と、少なくとも明日の夜は野宿の予定である。
寒さに慣れないノエルは、薄い携帯用の毛布だけでは夜を凌げないかもしれない。
「おふとん、ねられない?」
あからさまに落ち込むノエルを見て、申し訳なさそうなアーガンが説明する。
一行が馬を走らせて来た街道は白の領地の西側を北上し、目的地である領都ウィルライトを大きく西に外れている。
途中の分岐路で東に進路を変えて領都に入ることも出来るが、ハウゼン家に寄ったあと道なき道を東に向かって走れば、直接領都に入る別の街道に行き当たる。
アーガンたちだけならば一日で強行出来る距離だが、おそらくノエルとセルジュを連れていては無理だろう。
そのため二日ほど野宿をすることになるが、それでもそのほうが早く領都に着ける。
「すまんな。
帰城を急かされて……」
それが昨日、届いた返信にあった難題である。
その解決策としてアーガンとセルジュは近道を決め、野宿することになったのである。
「ごはん、たべられる?」
「粗末だが、俺たちと同じ物を用意する」
「わかった」
乗馬歴二日目のノエルはまだまだ慣れず緊張に顔は強ばったままで、その声だけではどれほど理解しているかわからない。
けれど眼下にあるノエルの顔をわざわざ覗きこむわけにもいかず、アーガンは話を続ける。
「そういえば、叔父だったか?
ノージ・マイエルの話では学校には行っていないらしいが、字を書けるか?」
思い出しながら話すアーガンだが、叔父ノージの顔を思い出したノエルはビクリと体を強ばらせる。
それからぎこちなく首を横に振る。
「そうか。
数は?
簡単な計算くらい出来るか?」
やはり首を横に振るノエルだが、「でも……でも……」 と急いで言葉を継ぎ、十までなら数えられると話す。
それ以上は数えられないが、十を一つ、また十を数えて十が二つ、また十を数えて十が三つ……といった具合に百まで数えられるという。
但し百という数はわからない。
しかもその数え方を自分で考えたと聞き、アーガンは 「ほう」 と感嘆の声を上げる。
数がわからなくならないように、指を使える時は指を使って、使えない時は地面に棒を一本ずつ書くという方法も自分で考えたと、たどたどしい言葉で、でも必死に話そうとするノエルの声にアーガンは耳を傾ける。
「そうか、お前は頭が良いな。
ではこの国のことはどのくらい知ってる?
赤の領地と白の領地以外は?」
「緑の領地と青の領地?」
「そう、このマルクト国は四つの領地から成り、四領主が合議制で治める国だ。
他の国は王が頂点に立つと聞くが、この国の頂点は四聖女だが国主ではなく、象徴的な役割だな。
政治的な権限は一切持たない。
発言権もな」
「せいじょさま……」
「そう、四つの領地の中央にある中央宮で祈りを捧げるのが役目だ」
「ちゅうおうきゅう……」
「四つの領地が接するこの国の中央にある。
本来はどこの領地にも属さないが、今は緑の領地のアールスル家がふんぞり返ってやがる」
「あーるするけ」
「緑の領地の領主だな。
ちなみに赤の領地の領主はロードレリ家だ。
聞いたことは?」
アーガンの問い掛けに、ノエルは小さく首を横に振る。
「領主は世襲制で、四家とも、四聖の和合が成る以前からそれぞれの領地を治めている古い家だ。
長く続けば一人や二人、阿呆が生まれるのも仕方ないが、アールスル家は一人や二人では済まなくて……」
「あほう……」
ノエルは耳に残る言葉をなんとなく呟いているのだが、日頃、セルジュを筆頭に 「脳筋」 と呼ばれているアーガンは 「あほう」 の自覚があるらしい。
ただぼんやりと呟いているノエルの 「あほう」 を聞き、少しばつが悪そうに 「あ、いや、そのだな」 と慌てて言い訳を始める。
「リンデルト家は……赤の領地ではともかく、白の領地では貴族とは名ばかりの下級貴族だが、まぁその、俺も親父殿も難しいことを考えるのは苦手だ。
阿呆といえば阿呆かもしれん。
母上と姉上は優秀な方だが……」
いわれてみれば家の古さは関係ないかも……などと、気まずそうに言い訳を並べ立てる。
その話を聞いて、ノエルは少し顔を上げてアーガンを顎下から見る。
「アーガンさま、きぞくさま?」
「昨日話さなかったか?」
「おとうさん、赤の領地のひと」
「ああ、そこしか話してなかったか。
一応親父殿も赤の領地の貴族だが、母上と結婚して……その、母上が白の領地の名門貴族のご出身でな。
今は親父殿も騎士の勲位もあるが、結婚当時は母上のご実家の権威で貴族に取り立ててもらったようなもので。
まぁそれがアスウェル家で、セルジュの家だ」
アーガンの両親、フラスグア・リンデルトとシステア・リンデルトの領地を越えた結婚は、白の領地の貴族社会ではわりと有名な話である。
だからアーガン自身が人に話すことはあまりない。
しかも相手がノエルなので、少しでもわかりやすいように説明するのに四苦八苦する。
上手く伝わったか確認するように眼下をチラリと見ると、首を傾げて考えていたノエルは、首を傾げたまま呟く。
「セルジュさま、アーガンさまのいとこ?」
「全然似ていないがな」
「セルジュさま、きぞくさま、こわい?」
ノエルの思考がどこをどう彷徨っているのかわからないアーガンは、戸惑いながらも答えておく。
とりあえずこれは言っておかなければと思ったのである。
「怖くはないが偉い人だ。
安心していい。
あいつはお前の家族のように殴ったりはしない。
まぁろくにお前の世話もしてくれないが、あいつは俺と違って生まれながらのお貴族様のお坊ちゃまだからな。
世話をする側ではなくしてもらう側だ。
頭は良いが、見てのとおり馬も下手だ」
するとすぐそばで馬に駆け足をさせていたイエルが鞍を並べてくる。
「隊長、馬は関係ないかと」
「貴族のたしなみだろう。
閣下なんてあれだぞ」
「その比較は少々不敬かと」
苦笑いを浮かべるイエルは、不思議そうな顔をして自分を見ているノエルに気づく。
「隊長の姉君も、なかなか乗馬が上手くていらっしゃいますから」
「アーガンさまのねえさん……こわい?」
思わぬノエルの質問にイエルは瞬時に言葉を飲む。
なんと答えればいいのかわからなかったのである。
表情を強ばらせたまま固まったのも束の間、助けを求めるように慌ててアーガンに視線を送る。
するとすでにアーガンは困ったように考え込んでいた。
「……怖いというより強い?」
【アルフォンソの呟き】
「旦那様が溜息を吐かれるなど珍しい。
どうかなさいましたか?
そういえばセルジュ公子の帰城が遅れておりますね。
噂に聞くクラウス公子は相当な高位魔術師とのこと。
よしんばセルジュ公子が討たれるようなことがあれば、次はこのアルフォンソをお遣わし下さい。
必ずや黒髪の媛君を旦那様の御前にお連れいたしましょう。
我ら五人、如何いかなご下命であろうと全ては旦那様の御心のままに。
お召しとあらば、今宵のお相手も務めさせていただきます」