11 交渉成立
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「穏便に済めば一番だが、状況次第では多少手荒なことをしてもかまわない。
なんとしても見つけ出して連れてくるんだ。
それが命令だ」
なんとしてもノワール・マイエルを探し出して連れ帰ること。
それは父親のクラウス・ハウゼンを殺してでも果たさなければならない命令であり、アーガンに逆らうことは許されない。
だが幸か不幸か、クラウスはすでに亡くなっていた。
もちろんこれを幸いといってはいけないことはアーガンもわかっている。
剣を持つ以上命を奪うことに躊躇いはないけれど、やはり奪わずに済むのなら奪いたくはないというのもアーガンの本音である。
ノエルを村に留め置きたいアモラの狙いはわかったが、連れ出そうとしたユマーズのほうはわからない。
目的はもちろん、どこに連れて行こうとしたのかも。
時を置けばそのユマーズも再び動き出すかもしれず、最悪の事態も想定しなければならない。
それこそ再びノエルを見失えば、「状況次第では多少手荒なことをしてもかまわ」 ず、場合によっては村人ごとこの村を焼き払うことになるかもしれない。
武官であるアーガンは、高位の魔術を得意としないが高位魔術師である。
村を焼き払えと命令されれば逆らうことは出来ず、マーテルの前でして見せたように一瞬で焔を召喚。
有り余る膨大な魔力で強大な焔を召喚して一瞬で村を包めば、その焔を媒介にして結界を結び、あとはただただ燃やし続けるだけ。
アーガンが不得手なのは、焔の召喚と結界を結ぶタイミングの取り方だけで、この村の規模ならば、村人の一人も逃さず灰に還すのに半日もかからないだろう。
幸いにして命令は 「穏便に済めば一番だが……」 から始まっている。
依頼主やセルジュの、わずかな良心がそう言わしめたのか?
その点はわからないけれど、いずれにせよ穏便に済めば一番なのだ、誰にとっても。
もちろんアーガンにとっても。
唯一ノエルにとってはわからないけれど、今のアーガンに迷う余地はない。
顎をしゃくるように思案すると、ずっと探るような目で二人の大人を見ているノエルを驚かさないよう、なるべく静かに言葉を継ぐ。
「ではこうしよう」
随分長いこと黙り込んでいたアーガンが、やっと開いた口から吐き出す言葉にアモラは怪訝な顔をする。
だがアーガンはわざとゆっくりとした動きでマントの下から手を出し、その大きな手に握っていた三枚の金貨をアモラの足下に投げ捨てる。
その音にノエルはビクリと体を強ばらせるけれど、アモラはランプの灯りに輝く金貨を見て固唾を呑む。
それこそアーガンの冷たい視線に見られていなければ、すぐにでも拾い集めていただろう。
辛うじて堪えているけれど、その目は床を転がる金貨に釘付けになり、一瞬たりと離れない。
「お前はこれで全てを忘れろ」
「忘れる? なにを……?」
ようやくのことでアモラの目がアーガンを見るけれど、やはり金貨を気にして落ち着かない。
アーガンは、あえて冷たい目で淡々と話を続ける。
「俺がここに来たこと、その子を連れて行くこと……いや、俺はここに来なかった。
今夜、お前は俺とは会っていないし、ここにノエル・マイエルはいなかった」
全てを最初からなかったことにする。
その代金が金貨三枚というのが高いか安いのかわからないけれど、アモラが釣れたことは、その反応を見ればわかる。
ここは悪人ぶったほうが却って穏便に済むと考え、あえて金貨を投げ、冷たい視線で淡々と話す。
そんならしくない振る舞いも功を奏したのかもしれない。
すっかりアーガンのそんな思惑に乗せられたアモラが、すぐにでも金貨を拾いたい衝動を懸命に抑えていることが手に取るようにわかる。
「返事は?」
ここで良心を覗かせては元も子もない。
冷ややかな視線のまま、淡々とした口調で返事を催促するアーガンは、アモラが大きく頷くのを見てから改めてノエルを見る。
そして再び顎をしゃくるように思案したところで、視界の隅に薄汚れた麻袋を見つけて閃く。
「これを貰っていく。
代金は込みだ」
交渉の余地はない。
そう言わんばかりに断言すると、交渉成立と理解したアモラは、大急ぎで三枚の金貨を拾い集めながら 「なんでも好きに持っていってくれ」 と見向きもしない。
元々たいしたものは置かれていないのだろう。
だが大きな手で麻袋を開いたアーガンがいきなりノエルに被せるのには驚き、金貨を拾い集めるため、床に四つん這いになった状態で動きを止める。
まさかそんな風に使うとは思わなかったのだろう。
もちろん袋の中のノエルも。
大人のアモラでさえ驚きのあまりあんぐりと口を開けたまま、なにも言えないほど。
袋の中のノエルにいたっては理解すら追いつかず、抵抗することも忘れ、袋を被せられたままアーガンの筋骨隆々とした肩に担ぎ上げられる。
アーガンはアーガンで、まるで軽い荷物のようにノエルを担ぎ上げると、器用に足まで中に放り込み袋の口を縛ってしまう。
逃げられない状態になって、ようやく窮屈な袋の中で手足をばたつかせて抵抗を試みるノエルだけれど、アーガンに 「しばらくおとなしくしてくれ」 と低い声で言われてピタリと動きを止める。
てっきり怒られると思って身を強ばらせるけれど、続くアーガンの言葉はまるで違うものだった。
「悪いが、ここを出るところを誰かに見られると厄介だからな。
あとで必ず出してやるから、しばらく我慢していてくれ」
これは、ここにノエルがいなかったことにするために必要だと説明する。
またアモラにも、ここにノエルがいることを知っていたユマーズには逃げたとでも言っておけばいいと言いくるめる。
もちろんそれ以上余計なことを言わないほうがいいことも。
そして他の村人たちには、アーガンが旅の途中の食料を買いに来た。
金貨はその代金ということにすれば、使う時村人にも不審がられないだろう。
但し話すのは聞かれた場合のみ。
あくまでも自分から余計なことは話さないほうがいいと言いくるめる。
もしここを出るアーガンの姿を誰かに見られていたとしたら、こども一人入る大きさの麻袋一つに代金にしては高額と思われるが、そこは 「吹っ掛けてやった」 とでも自慢すれば大丈夫だろうとも言いくるめられたアモラは、アーガンが、外で待つイエルの手を借りて馬に乗って立ち去るところまでをランプの灯りで見送った。
外で待っていたイエルも、突然アーガンが大きな麻袋を担いで納屋を出てくるのを見た時には驚いていた。
大きさはもちろんだが、そもそも買い物に来たわけではないのだから当然だろう。
けれど袋の形が不自然あることにすぐ気づく。
しかしすぐそこにはランプの灯りで二人を見送ろうと、アモラ・ノシーラが立っている。
空気を読んだイエルはなにも訊かず、アーガンに言われるまま馬を駆って二人で町まで戻る。
宿で聞いたところでは、このあたりで魔物はもちろん、獣が出たという話はないらしい。
だが油断は出来ない。
納屋の中ですっかり話し込んでいたアーガンは気がつかなかったけれど、それなりの時間が経過しておりあたりはすっかり真っ暗に。
今まで出なかった魔物や獣が今夜も出ないとは限らず、少しでも早く町に戻るに越したことはない。
アーガンが担ぐ荷物を守るためにも。
馬を飛ばして二人が町に戻った時には宿の一階にある食堂はすっかり賑わい、酔っぱらいたちが管を巻き始めていた。
馬屋に向かうイエルはアーガンの馬も預かり、アーガンは麻袋を担いで先に一人、その賑わいに紛れて食堂脇にある階段を上って上階にある部屋へ向かう。
借りている部屋の前には昼間と同じように一番若いセスが、壁にもたれ掛かるように立っていた。
だが廊下を大股に進んでくるアーガンの姿に気づいた彼は、昼間とは違った反応を見せる。
「隊長、お帰りな……さ、い?」
その視線が真っ直ぐ肩に担いだ麻袋に向けられるのを見て、アーガンは苦笑いを浮かべる。
「ちょっとな。
セルジュは?」
「部屋にいますよ。
ファウスも」
「そうか」
アーガンが答えた直後、やはり声を聞きつけたのかセスのすぐ隣にある扉が開かれ、昼間と同じようにファウスが顔を覗かせる。
そしてアーガンの姿を確かめるが、すぐにその視線は肩に担がれた麻袋を捉える。
「……隊長……」
年長らしくセスよりやや落ち着いた反応を見せるファウスに、アーガンは 「すぐわかる」 と、やはり苦笑いを浮かべて返す。
ファウスは室内に向かって 「隊長が戻られました」 と声を掛け、扉を大きく開いてアーガンを招き入れる。
少し前に下の食堂で夕食を済ませたというセルジュは、並んだ寝台の一つに腰掛けたまま何気なくアーガンを見上げるが、すぐさま麻袋を見て表情を強ばらせる。
だがファウスやイエル同様、すぐに平静を装って尋ねる。
「それは?」
百聞は一見にしかずである。
ファウスが扉の外に立つセスに、イエルが戻ったら下の食堂で夕食を摂るよう伝えるようにと指示を出して扉を閉めるのを待って、下ろした麻袋からノエルを出す。
「ノエル・マイエルだ」
そうアーガンに紹介されるこどもを見て、セルジュもファウスも、なんとも言えない複雑な表情を浮かべる。
貧しい農村のこどもが痩せていることは珍しくない。
けれど今朝会った彼女の姉弟、ミゲーラもマーテルも決して痩せていなかった。
それどころかミゲーラは母のエビラのようにややふっくらしており、弟のマーテルは八歳のこどもにしては背も高く体格もよかった。
だが麻袋の中から出て来たノエルは弟よりもはるかに小柄で、貧しい農村のこどものように痩せ細っていた。
八歳のマーテルが九歳、あるいは十歳くらいに見えたのに対し、本当なら九歳のノエルだが、その見た目はせいぜい五、六歳だろうか。
状況を理解出来ないらしく、床にぺたりと座りこみ、ぼんやりと周囲を見回す目ばかりが大きく、眼窩は落ちくぼみ頬はゲッソリと痩けている。
さっきはアモラがいたから堪えたアーガンだったが、麻袋に入れて担ぎ上げた時の軽さに驚かされ、さらには落とさないようにと抱えた腕に感じる骨の感触に肝が冷えた。
だから今、明るいところで袋から出したノエルの無事な姿を見て、内心でホッと息を吐く。
どうやら生きているし、骨の一本も折れていないようだ、と……。
「……これがノワール・マイエルだと?」
平静を取り繕っているセルジュだが、驚きのあまり取り繕いきれず声高になる。
するとそれまでぼんやりと座りこんでいたノエルが急にハッとし、怯えるように身を縮こませる。
そして袋の中で脱げてしまった帽子を慌てて拾い上げると、すっかり乱れた髪を慌てて押し込み、肩から袈裟懸けに掛けていた鞄を抱えて逃げ出したのである。
もちろん扉の前にはファウスが立っていて外には出られない。
思わぬ行動に驚いたアーガンが 「おいっ?」 とうわずる声で呼び止めるが、あっというまに部屋に隅まで逃げたノエルは、鞄を抱えたまま小さくうずくまり、怯えた目を三人に向ける。
「アーガン、やめろ」
自然とノエルに近づこうとするアーガンの足を止めるセルジュ。
言われるままに足を止めたアーガンは、「どうしたらいい?」 と振り返る表情でセルジュに尋ねる。
面倒ごとは突っぱねたいセルジュだったが、少しばかり思案すると、戸口に立つファウスに指示を出す。
「食事を二人分、用意してくれ」
それを聞いたアーガンがハッとしたように追加する。
「水も頼む」
外にいるセスに頼むという方法もあったが、おそらくセルジュの指示が 「席を外せ」 と聞こえたのだろう。
ファウスが 「かしこまりました」 と答えて部屋を出ていくと、あとにはセルジュとアーガン、それにノエルの三人が残された。
【アーガン・リンデルトの呟き】
「白の領地に連れて行っても、望まれるのはその稀少価値に対する興味のみ。
衣食住を保証されても所詮は駒だ、自由などあるはずがない。
それでも家族と一緒にいるよりは幸せなのか?
このまま赤の領地にいても、どれほども生きられないだろう。
ただの研究対象だとしても、連れて帰るのがこの子のためになるのか?」