10 身勝手な言い分
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「違うんだ!
その、エビラの機嫌もすぐに治ると思ったから……」
「こどもをこんなところに閉じ込めて、飯どころか水だって満足に与えず。
なにが違うんだ?」
静かに責めるアーガンに、アモラは早口に言い訳を並べ立てる。
狭い納屋の中、手に持ったランプの灯りでアモラの影が揺れる。
「あんたは知らないだろうが、エビラはあの性格だ。
とにかく気が短くてすぐ怒るが、気まぐれで、二、三日もすれば自分の言ったことなんてすぐ忘れやがる。
ユマーズは少し大袈裟に言いやがっただけで、今回だってきっと一晩眠ればすぐに忘れると思ったんだよ」
そう思って今朝、エビラの様子を見に家までいったところ、ノエルを探すアーガンたちを見掛けたのだという。
最初は見掛けない客人がいると思って様子を見ていたが、話を聞かれた村人たちに声を掛けてみると、どうやらノエルを探しているらしい。
だが目的がわからず、居場所を教えていいものかわからない。
これはユマーズに相談したほうがいいのか?
そもそもエビラの家に行ったのだから、当然ユマーズは彼らがノエルを探していることを知っているはず。
それでもアモラになにも言ってこないのはどういうことだろう?
そんな様々なことを考えながらつけ回していた様子を、アーガンとファウスに気づかれてこの事態になっていることには気づいていないようだ。
「……それで?」
アモラの話で、ノエルがここに閉じ込められるに至った経緯はアーガンにもわかった。
ユマーズがなにも言ってこないため、今もノエルは納屋に閉じ込められたままなのだろう。
機嫌を直さないエビラとなにも言ってこないユマーズ。
そしてエビラの機嫌を損ねたノエル。
つまりアモラは、自分は悪くないと言いたいわけだ。
そこまでを理解したアーガンに先を促されたアモラは、意味がわからないという表情を浮かべる。
「それで……?」
「お前の話はわかった。
それで終わりならこちらの話をさせてもらおう」
そう言って改めてノエルを見るアーガンに、てっきり自分と話すと思ったアモラは背中を向けられて拍子抜けする。
だがすぐ我に返り、少し慌てたように取り繕ってくる。
「ま、待ってくれ。
話ってなんだ?」
「俺たちはノワール・マイエルに用があってきた」
「こんなのにどんな話があるっていうんだ?」
「お前には関係ない」
それをアモラに教えることは出来ないし、ここで話すつもりもない。
だがゆっくりと立ち上がるアーガンに、アモラはさらに慌てる。
「待て、どうするつもりだ?」
「まずは話が出来るところに連れて行く」
ここは落ち着いて話が出来る場所ではないと正直に言い放つアーガンだが、アモラは 「させるか!」 と、戸口を塞ぐように腕を広げる。
「ユマーズとやらには俺が連れて行ったといっておけ」
昨夜、ユマーズとアモラのあいだでどんな会話が交わされたか、アーガンは知らない。
先程聞いた話以外にもなにかあったのかもしれない。
だがあろうとなかろうと関係ないと言い放つアーガンに、アモラは意外なことを言い出す。
「駄目だ、それはうちが貰う」
「貰う?」
怪訝な顔をするアーガンに、アモラはさらに意味のわからないことを続ける。
「それは息子の嫁にするんだ」
「どういう意味だ?」
「前々から考えてたんだ。
村の子どもは男ばかりで女が少ない。
だがそいつを貰おうなんて考える奴はいないからな。
だからそいつを息子に……」
そこまでを聞いて、アーガンはようやく納得する。
村人から聞いたアモラの息子、ルダは十四、五歳の少年。
つい先程家のほうで会ったあの少年である。
そのルダの妻としてノエルを迎えたいとアモラは考えているらしい。
それこそ来年、ルダが成人の儀を終えてから、ノエルの父親であるクラウスに話を持ち掛けるつもりでいたらしい。
だがその前にクラウスが亡くなり、エビラの家に入り込んだユマーズがよからぬことを考えてノエルを連れ出した。
昨夜会った時、ユマーズはエビラの機嫌が悪いから……と話していたけれど、辻褄が合わないことはなんとなくアモラもわかっていた。
だから協力するふりをしてノエルを預かり、機嫌を直したエビラに、ルダの成人を待たず話そうと考え直したという。
それが直前になってどこからともなく現われたアーガンが、横からかっ攫おうとしたから慌てるのも無理はない。
しかしアーガンも、ここでアモラが慌てる理由はわかったが、わからないこともある。
村の子どもに女の子が少ないというのはともかく、そこまでのことをする必要はないはずと思ったのである。
ルダより幾つか歳上だが、ノエルの姉ミゲーラも年頃の娘である。
すでに決まった相手がいるのなら婚家に嫁いでいてもおかしくはない歳だから、まだ実家で暮らしているということは相手がいないのだろう。
何気なくアーガンがそのことを指摘すると、アモラは 「冗談じゃない」 と吐き捨てる。
「ミゲーラはエビラに似て気が強い上に賢しい。
文句ばっかり言って、おとなしく俺たちの世話をするはずがない」
村の女たちは畑仕事を手伝う傍らで、村長が町の仕立屋から請け負ってくる針子の仕事をしている者もある。
上等な生地や糸も少なくないため、なくしたり盗まれたりしないように村長の家の離れに集まって作業をしている。
エビラやミゲーラもその一人……といっても二人は畑仕事を手伝っていないから、仕立ての仕事がある時は毎日のように離れに通っている。
エビラはただ喋るだけでろくな仕事もしていないというが、娘のミゲーラは、いずれ町に出て針子として独り立ちすることを夢見ているらしく、よく歳の近い娘たちとそんな話で盛り上がっているらしい。
その分仕事もしていたから駄賃もそれなりに貰っていたが、全部はエビラに渡さず、密かに村を出る資金として溜めているという。
ミゲーラにはそういう賢しさがあり、おとなしく自分たちの世話をするどころか、畑を手伝うこともないだろう。
そんなところがアモラは気に入らないという。
「どうせ意地を張ったところで、ノージに言われて従兄弟の誰かと結婚させられるだろうがな」
比べて妹のノエルはおとなしく、従順で扱いやすい。
エビラの話によれば、掃除や洗濯などの家事も出来る。
おまけに黒髪のせいで売れ残ることが確実のところを嫁に貰ってやると言えば、間違いなく感謝して自分たちに尽くすだろう……などなど、なんとも身勝手な理由を述べるアモラだが、ここは小さな村だ。
それほど子も多くなく、嫁取り問題も深刻なのだろう。
アーガンも、なにかにつけ探りを入れてくる両親に少々飽きてきているところ。
おまけに同じ未婚とはいえ、すでに婚約者のいる一歳違いの姉と比べられる立場としては、アモラより息子のルダに同情を覚える。
もちろん同病相憐れむ、の自覚もある。
そんな安っぽい同情から、ルダにノエルを譲ることは簡単だろう。
このまま手ぶらで踵を返せばいいのである。
だがアーガンにはそう出来ない事情があった。
「穏便に済めば一番だが、状況次第では多少手荒なことをしてもかまわない。
なんとしても見つけ出して連れてくるんだ。
それが命令だ」
イエルと二人、再び村に戻ってくる前にセルジュから言われた言葉を思い出す。
人は、なぜこのタイミングで……というタイミングで脈絡のないことを思いつくことがある。
そうしてアーガンも、イエルと二人、馬を飛ばして村に向かっている最中にこの言葉の真意に気がついたのである。
元々セルジュは依頼主の代理人として、クラウス・ハウゼンと直接会って話すことを目的に訪ねてきた。
クラウス・ハウゼンの本来の身分を考えれば、血筋的にも名門アスウェル家の公子がその役目を任されたのは妥当だとアーガンも思っていた。
だがそれは表向き。
実際はそうではないと気がついたのである。
セスの同行はアーガンの判断だが、アーガン自身は赤の領地の名門貴族リンデルト家の直系、フラスグア・リンデルトを父に持ち、その名に恥じぬ魔力を持つ赤の魔術師である。
また武門の家柄としても有名なリンデルト家。
やはりフラスグアと共にアーガンも、大剣使いとしてその武技には定評がある。
イエルは町の守衛からその実力で成り上がった強者で、貴族の媛君や婦人たちから、個人的な護衛にと望まれるほど優れた容姿以上に優れた武技を持っている。
もちろん守備隊長の推薦を得るという運もあったが、その運を実力で物にしたのである。
ファウスは、イエルと違って見習いからの昇格というスタンダードな出世コースを歩んでいるが、その実力に間違いはない。
さらには魔術こそ扱えないもののそれなりに高い魔力を有し、魔術をよく理解している。
そして今回の編成において、対魔術戦が起こった場合の自分の立ち位置もよく理解している。
今になって思えば、隊員の選出は小隊長であるアーガンが行なったものだが、依頼主から出されたオーダーは、そもそも対魔術、あるいは対魔術師戦を想定してのものである。
そう考えれば、表向きは使者という平和的役割を担うセルジュは、アーガンを遥かに凌ぐ名門中の名門クラカライン家の血を引く高位魔術師。
今の白の領地において、おそらくセルジュより高位にある白の魔術師は少ない。
そのセルジュに使者という皮を被せ、クラウス・ハウゼンとの対話に臨んだ。
それはつまり……
「穏便に済めば一番だが、状況次第では多少手荒なことをしてもかまわない。
なんとしても見つけ出して連れてくるんだ。
それが命令だ」
セルジュがアーガンに掛けたこの言葉は、おそらく依頼主がセルジュに命じた言葉であり、クラウス・ハウゼンとの話し合いにおいても 「状況次第では多少手荒なことをしてもかまわない」。
つまり対話の内容、状況によっては、その命を奪うことになってもかまわないと命令したのかもしれない。
アーガンはもちろん、セルジュも依頼主もクラウス・ハウゼンを直接には知らない。
アーガンたちが生まれるより前にクラウスが追放されていたためだが、それでも白の領地の、名門中の名門クラカライン家直系の一人で、幾つもの高位魔術を操る白の魔術師であることは、クラウスをよく知る者たちから聞き及んでいる。
今回の任務がそのクラウスを魔術で相手にするための編成だとしたら、当然依頼主にとってクラウスの死は想定内。
その思惑はクラウスとの話し合いより、むしろ彼を亡き者にしてでもノワール・マイエルを連れ帰れることにあるように思われる。
さらにはそう考えると、クラウスの死を知ってもセルジュがさほど慌てなかったのも納得出来る。
(いや、待てよ。
あの時あいつは確か……)
かなりの速度で馬を走らせながら、アーガンは記憶を手繰る。
「娘だけ連れ帰る。
元々そういう話だ」
(……そうだ、元々そういう話だと……)
この 「元々」 が、クラウスの手紙にあった 「娘を預けたい」 という主旨を指す言葉なのか。
あるいはアーガンの推測が当たっており、セルジュが依頼主から聞かされた 「穏便に済めば……」 という言葉を指すのか。
あるいはその両方か。
いずれにせよ奇妙な符合だ。
(確かにクラウス様は、今さら白の領地に戻られても居場所などあるはずがない。
ユリウス様とは不仲だというし、厄介この上ない不和の種にしかならないだろう)
不破の種どころか、クラウスが追放される原因となった騒動が繰り返される可能性も無きにしも非ず。
少しでもクラカライン家と白の領地の安寧を願うのなら、いっそ話し合いという名目でクラウスを引っ張り出し、始末してしまったほうがいいのかもしれない。
表向きは、ハウゼン家を出奔して以来、彼の所在は不明となっている。
このまま未来永劫不明とし、目的のノワール・マイエルだけを手に入れる。
あるいはセルジュに出された命令はそこまで明確だった可能性もある。
いずれにせよアーガンの立場では、ノワール・マイエルを 「なんとしても見つけ出して連れてくる」 こと。
その命令に逆らうことは出来ないのである。
【セルジュ・アスウェルの呟き】
「脳筋の分際で余計なことを考えるな。
思考する筋肉は必要ない。
所詮はクラカライン家の内輪もめだ、お前が口を挟める話ではない。
下手なことをすれば、その太い首を一瞬で刎ねられるぞ。
お前がわたしやセイジェルのことをどう思っているかはわからないが、完全に人の心をなくしたつもりはない。
少なくとも叔父上や叔母上、ミラーカが悲しむ顔は見たくない。
それに母上の陰湿な説教にも辟易している。
だが禍根はどこかで断たねばならない。
クラカライン家のためだけでなく、白の領地のためにも。
あの方はすでに、どうあっても絶たねばならぬ禍根となっているのだ。
生きて白の領地に戻ることは、もう許されぬ」