109 収穫祭 (2)
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高い天井からは豪華なシャンデリアが吊されているが、昼間の食事会とあって火は入ってない。
だが部屋の片側の壁一面の窓から入る自然光にキラキラと輝いて見える。
こういった光の反射を利用した細工物が多いのは、光と風の加護に守られる白の領地の特徴であり、特産品でもある。
セイジェルに抱えられて食堂に連れて来られたノエルは天井を見上げ、ポカンと口を開けたまましばらくその煌めきを見ていた。
「……きれい」
「そうか」
招待客を引き連れてきたセイジェルは通り道を開けるため、食堂に入ってすぐではなく、少し奥に入ってから足を止め、天井を見上げたままのノエルをゆっくりと下ろす。
あとに続く招待客が脇を通り抜けるように食堂に入ってくるのをよそに天井を見上げていたノエルだったが、床に足を付けると視線を下ろし、今度は壁の片側一面の窓から外を見る。
そして指さして声を上げる。
「セイジェルさま、みず、いっぱい。
きらきらしてる。
いっぱい、いっぱいある」
元々ノエルの語彙は少ないのだが、どうやら興奮するとさらに減ってしまうらしい。
溢れてくる感情を一所懸命に伝えようとする様子を見て、セイジェルは静かに応える。
「美しい風景だろう」
「うん、うん、きれい。
いけ、きれい」
「あれは湖という」
「みずうみ」
「そう。
アベリシアの水瓶と呼ばれる湖だ」
「あべ……」
「アベリシア。
クラカライン家の直轄領で、このあたりの地名でもある」
「あべ……あ」
「言い慣れない言葉のようだな」
「みずがめ、しってる。
ノエル、いつもみず、くんでた。
まいにち、いっぱいくんでた」
赤の領地での辛い日々を思い出したのか、それまではしゃいでいたノエルの表情を曇る。
だがセイジェルはいつものように気づかない振りをして 「そうか」 と流す。
「アベリシアの水瓶は、上流にある青の領地からいくつかの川を流れる水が流入する」
「……わからない」
「そうか」
「おっきい。
きらきら、きれい。
みず、いっぱい」
「そうだな、とても大きな湖だ」
雨が少ない白の領地で、特に乾季のアベリシアと、アベリシアより南の地域の生活を支える 「アベリシアの水瓶」 はクラカライン家が所有する広大な禁足の森にある。
厳重に水を管理する必要もあり、その美しい光景を見られるのは限られたものだけ。
一般に公開されることはなく、貴族ですら滅多に見ることは出来ない。
そんな貴重な光景を窓の外に見てノエルは酷く興奮している。
「しろちゃん、すごいね、すごいね。
あおちゃんにもみせたいね。
あおちゃん、きっとみたいよね。
うれしいよね」
たどたどしい言葉でしろちゃんと話すノエルとは少し離れた場所で、オーヴァン・ラクロワも滅多に見ることの出来ない景色に目と心を奪われていた。
その腕をそっと取ったエルデリアが囁く。
「いつ見ても美しい景色ですわ」
「本当に。
……一度でいい、描いてみたいものだ」
「あら、いつもここに来るとなにか言いたげでしたけれど、ずっとそんなことを考えていらっしゃったのね」
「望んではならぬことだ。
過ぎた望みは身を滅ぼす」
「大袈裟ですこと」
他の招待客に遠慮してか、二人はひっそりと話す。
「大袈裟ではない」
「だってあなたは絵を描きたいだけではありませんか。
あなたほど画家に描かれるなんて、湖もきっと光栄に思いましてよ」
そう言ったエルデリアは、ノエルと話しているセイジェルをチラリと見る。
「わたくし、いいことを思いつきましたわ」
「エルデリア?」
なにをするのかと尋ねるオーヴァンに、エルデリアは 「少しだけお待ちになっていてね」 と返す。
「あなたの願いは叶えてみせてよ。
だから少しだけお待ちになってね」
「……ありがとう。
だが無理はしなくていい。
わたしも忙しい身だ、これほどの景色を描く時間が取れるかどうか……」
「それも確保してみせましてよ。
全部全部、わたくしに任せて頂戴。
うまくやってみせますわ」
そう言って得意気に笑ってみせるエルデリアを見て、オーヴァンは厳めしい顔をわずかに弛める。
「頼もしいな」
「あなたの妻ですもの。
さ、席にすわりましょう」
普通の食事会ならば主催者の使用人が客をそれぞれの席に案内するものだが、クラカライン家主催の収穫祭は身内だけの少人数で開かれ、席次も毎年同じである。
だから滅多に見られない風景を楽しんだりして、それぞれのタイミングで毎年決まった席に着席する。
そんな中でたただ一人、つまらなそうな顔をして早々に着席していたルクス。
その隣に、エルデリアに促されるようにラクロワ卿夫妻が着席。
するとノイエに促されるようにアスウェル卿夫妻とその息子セルジュ、婚約者のミラーカが着席する。
おそらく義姉夫婦を待たせるわけにはいかないとノイエが気を遣ったのだろう。
そうして招待客が着席すると、セイジェルは一度下ろしたノエルを再び抱え上げる。
いつも食事室でノエルが使っている専用の椅子をわざわざ運んできたらしくに、セイジェルはそこにノエルをすわらせると自身も隣に着席する。
「ノエルのいす、セイジェルさまのとなり。
うれしい。
しろちゃんもとなり、うれしい」
ノエルの反対隣には、やはりいつもは食事室にある専用の椅子にニーナがしろちゃんをすわらせてノエルをご機嫌にさせる。
普通、屋敷の主人と並んですわるのは女主人である。
だが女主人の代わりに女兄弟がすわることも珍しくない。
特に屋敷の主人が未婚の場合、同じく未婚の女兄弟がすわることが多い。
楽しそうに屋敷の主人と並んですわるノエルを見て、招待客は (やはり……) と内心で思ったに違いない。
さらには並んですわるセイジェルとノエルの胸元には同じデザインのブローチが飾られている。
セイジェルの瞳と同じ紫水晶をデザインしたブローチである。
前日にこのブローチを見せられたノエルは酷く喜びぬいぐるみーずにもお揃いを欲しがったが……
「今度、またいい宝石が手に入ったら作らせよう。
八体分となるとなかなか大変だな」
そう言ってセイジェルは苦笑いをし、彼の側仕えたちはセイジェルとノエルの分を入れるとさらに大きな石が必要になると呆れた。
「でしたら宝飾品ではなく、姫のリボンと同じ布で旦那様のネクタイでも仕立てればよろしいのでは?」
それならば材料を揃える手間はもちろん制作時間も掛からないという、普段口数の少ないヴィッターの提案にアルフォンソたちだけでなくノエルも納得したので、セイジェルも 「わかった」 と応えた。
実はこの時ルクスも近くにいて話を聞いていたのだが……
「お前のネクタイを作った残り布を使うのならともかく、チビのリボンを作った残り布で領主のネクタイを作るだと?
正気か?
立場を弁えさせろ!」
言っていることは決して間違いではないのだが、そんな大人げない発言をしていた。
そして食事会の席で並んですわるセイジェルとノエルを見てマリエラも言う。
「セイジェル、あなたにしてはずいぶんと可愛らしいことをするわね」
「なんのことでしょう?」
澄ました顔で返すセイジェルにマリエラも答える。
「そのブローチ」
指摘を受けたセイジェルは胸元のブローチを見るように、一瞬だけ視線を落とす。
「これですか。
いい宝石が手に入りましたので」
「そう、そうなのね。
まあ今日のところはそういうことにしておきましょう」
そう言ってマリエラはふふふ……と楽しげに笑う。
すぐそばで交わされるそんなやり取りに興味のないノエルは、隣にすわっているしろちゃんと楽しそうに話している。
「しろちゃん、うれしいね。
あさごはん、たべられた。
ひるごはんもたべられるよ、うれしいね」
うれしいね……と楽しげに繰り返すノエルの様子に、夫オーヴァンと息子ルクスのあいだにすわるエルデリアが表情を強ばらせる。
そのままの表情で、マリエラとの会話を澄まし顔で終えたセイジェルに尋ねる。
「どういう意味かしら、セイジェル」
「今度はエルデリアですか?
なんのことでしょう?」
つい先程、マリエラに問われた時と同じく澄ました顔で同じ言葉を返すセイジェルに、エルデリアは 「セイジェル」 とやや語気を強めて咎める。
するとセイジェルは返事をせず、隣にすわるノエルに話し掛ける。
「ノワール、いつも昼食は摂っていないのか?」
「たべてる。
ノエル、ミラーカさまとたべてる。
いっぱいたべてる。
ミラーカさま、ノエルのごはんとらない。
うれしい」
普段のセイジェルは、屋敷で朝食を摂ると執務のため公邸と呼ばれる建物に向かう。
同じウィルライト城内とはいえ馬や馬車を使って移動する距離である。
もちろん歩いて行けないわけではないが、その距離を昼食のためクラカライン屋敷に戻ることはない。
執務室の近くに領主専用の食事室がありだいたいは一人で摂るが、たまに片腕であるオーヴァンやセルジュとともに摂ることもある。
だからそのあいだの、昼食を含めた屋敷でのノエルの様子はマディンや側仕えから聞くだけ。
彼らが主人に嘘を吐くことはなくセイジェルも疑ってはいないのだが、それではエルデリアは納得しないだろう。
まるで昼食を与えられていないようなことを言ってエルデリアを誤解させたノエルだが、セイジェルの問い掛けに楽しそうに答えてエルデリアを安心させる。
だがなぜ昼食を食べていないようなことを言い出したのか? ……という疑問は残る。
セイジェルの質問に答えたノエルはなぜかむふーと満足げにしており、いつものように 「そうか」 と応えるセイジェルに続けて話し掛ける。
「でもね、でもね、セイジェルさまいっしょ。
あさごはん、おひるごはん、いっしょ。
うれしい。
セイジェルさまもノエルのごはん、とらない。
いっしょ、うれしい」
いつもとは違って、今日は朝食だけでなく昼食もセイジェルと一緒に摂れることが嬉しい。
どうやらノエルはそう言いたかったらしい。
やはり 「そうか」 と静かに返すセイジェルに、エルデリアも改めて安堵する。
一方、そんなエルデリアとテーブルを挟んで向かいにすわる妹のマリエラは少し意外そうな反応を見せる。
「本当に珍しいこと」
「マリエラ?」
隣にすわる夫のノイエに尋ねられ、マリエラは 「だって」 と返す。
「セイジェルが子どもに懐かれるなんて、意外だと思いませんこと?
セイジェルもノワールのことを気に掛けているようですし」
「それは……当然のことではないか?」
おそらくノイエは、ノエルをセイジェルの娘か異母妹と思ったのだろう。
まだセイジェルが明言していないためあえて口にすることは避けたが、どちらにしてもセイジェルにとっては家族である。
だから可愛がるのは当然だとノイエは言うが、実はノエルの正体を知っているセルジュの他に、マリエラも、一つの根拠を元にセイジェルとノエルが異母兄妹ではないということには気づいていたのである。
ついでにいえば娘でもないと思っている。
だからこそセイジェルがノエルを気に掛ける理由がわからず、その行動を意外に思ったのである。
それでもセイジェルが 「ノワール・クラカライン」 と招待した親族に紹介した以上はクラカライン家の一員なのだろう。
見たこともない黒髪をしているが、ノエルがマリエラたちの亡母エラル・ウェスコンティによく似ていることでも納得出来る。
ウェスコンティ卿家の血筋という可能性もあるが、それならばセイジェルがクラカラインを名乗らせることはないから、やはりクラカライン家の血筋なのだろう。
だが 「ご飯をとられないことが嬉しい」 とはいったいどういうことなのか?
見た感じの年齢は5、6歳くらいだが、酷く痩せていて顔色もあまりよくないこととも関係がありそうである。
しかも食事に関しては他にも奇妙な点があった。
全員が着席したことで次々に豪華な食事が運ばれてきたのだが、明らかにノエルの前に置かれた食事だけが違ったのである。
「……ノエルのごはん、ちがう」
目の前に並べられた自分の食事を見てノエルがポツリと呟く。
客を招いての食事会ともなればいつも以上に豪華な食事が出されるが、明らかに質素……いや、粗末と言ったほうがいいかもしれないノエルの食事は量も少ない。
不満を言うのも当然だと思ったマリエラだが、こういう時、真っ先に怒りを露わにするのは姉エルデリアの役目である。
案の定、今にも立ち上がらんばかりの勢いでエルデリアが猛然と抗議の声を上げる。
「セイジェル!
これはいったいどういうことですか!」
これまでは 「なんのことでしょう」 などと澄ました顔で応えていたセイジェルも今回ばかりはさすがにすっとぼけなかったが、だからといってきちんと説明するわけでもない。
隣にすわるノエルの小さな呟きを聞いて目をやると、ノエルを見たままエルデリアに返す。
「お知りになりたければあとでご説明いたします」
そして今度はノエルに声を掛ける。
「今日は食事会だ。
厨房の者たちがそなたにもよい食事を食して欲しいと考えたのだろう」
「でも……ノエルのごはん、ちがう」
クラカライン屋敷に引き取られてきた当初はスープばかり食べていたノエルだったが、厨房の創意工夫で食べられる食材が少しずつ増え、食べられる料理も増えてきている。
それでもやはりいつもの食事ではあまりにも質素すぎると考えた厨房の者たちが、今日は少しばかり豪華なものを用意したのである。
だが、まだ両手にナイフとフォークを持つことが出来ないノエルのため、全て一口サイズに切り分けられているから、量が少ないことと相まってまるで残り物の寄せ集めのようになっている。
だから事情を知らない客人たちエルデリアたちの目には余計に 「粗末」 に見えるのだが、実はいつもノエルが食べている物に比べれば格段に豪華な内容になっている。
ただ客人たちが知らないだけなのだが、ノエルにとっては 「豪華」 であることより 「いつもと違う」 ことが、不満なのではなく不安なのだろう。
しかも収穫祭も食事会も理解していないノエルにはセイジェルの説明も理解出来ない。
だから目の前に出された食事は自分の物ではない、つまり食べられないのではないかと不安になっているのである。
「食べられないのならいつもの食事を用意させよう。
だが折角用意したのだ。
一口だけでも食べてみなさい」
「ノエルのごはん」
「それはそなたの食事だ。
食べても誰も怒らない。
だが残しても誰も怒らない」
何度となく繰り返されているノエルとセイジェルのこのやり取りをいつも見ているはずのミラーカだが、今日はなにも言うことが出来ない。
招待客の中で一番立場が低いからである。
だからただ黙って見ているしか出来ずハラハラするばかり。
隣にすわっているセルジュは、知っていようといまいと元々ノエルには興味がなくいつもどおり。
そんな二人とテーブルを挟んで向かいにすわるルクスは待たされることに苛立ちを覚え始めていたが、上座のノエルとセイジェルは遠く、しかもあいだには両親の席がある。
しかも両親や斜向かいにすわる叔母夫婦がノエルとセイジェルのやり取りに酷く興味を示している。
ここで下手なことを言えば、自分が発した言葉以上の叱責が飛んでくることは必至。
だから不快感を顕わにしながらも口を噤んで堪える。
だが初めてノエルとセイジェルの奇妙なやり取りを見る二組の夫婦は、表情こそ平然としていたが、内心では実に奇妙に思っていたに違いない。
「……たべられる」
セイジェルに勧められるまま一口食べて安心するノエルだが、本当は祈りを捧げる前に一口でも食事を口にするのはマナー違反である。
普通なら叱られてもおかしくはない……いや、叱られるところだろう。
だがセイジェルはただ 「そうか」 とだけ。
同じテーブルに着く客人は誰もなにも言わない。
「では食べられる物だけ食べなさい。
残してもかまわないし、足りなければなにか用意させよう」
「わかった。
ノエル、たべる」
ノエルの返事を聞くと、セイジェルはおもむろに両手を組む。
するとテーブルに着く一同がそれにならう。
「日々の糧を恵み給う光と風に感謝を……」
【ラクロワ卿夫人エルデリアの呟き】
「アベリシアの水瓶はとても美しいもの、オーヴァンが描きたいと思うのも当然ですわ。
わたくしとしたことが今まで気づかなかったなんて、至らない妻だわ。
でもあなたの夢は必ず叶えてみせてよ。
もう少しお待ちになってね、オーヴァン。
あぁそうだわ、今のうちに道具を揃えておきましょう。
絵の具は足りない色を買い足して……あぁでも、筆は新しい物よりいつも使っている物がいいのかしら?
紙も使い慣れた物がいいのかしら?
でも屋外ですし、イーゼルは新しい物がいいわね。
休憩出来るように椅子も用意しましょう。
あと、お茶や菓子も持っていって休憩の時に一緒にいただきましょう。
オーヴァンが絵を描いている姿を見られるのは久々ね。
とても楽しみだわ」




