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円環の聖女と黒の秘密  作者: 藤瀬京祥
二章 クラカライン屋敷

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108 収穫祭 (1)

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!

 村や町では、みんなで集まって陽気に騒いで飲み食いする平民たちと違い、貴族たちの収穫祭は親族や親しい者たちで食事会を開いて一年の収穫に感謝する。

 そんな貴族たちの収穫祭は領主主催の食事会に始まるのだが、現領主セイジェル・クラカライン主催の食事会には従兄弟とその両親のみが招待される慣例となっている。


 セイジェルが領主に就任した当初は、後見である祖父母が存命で、他にも母方の叔父であるハルバルト卿家一家と祖母の生家であるウェルコンティ卿家も招待されていたが、先々代領主であった祖父ヴィルールに続き祖母エラルが亡くなったタイミングで、ウェスコンティ卿家からの提案があり、同家とハルバルト卿家が辞退することになり現在の形となったのである。


 だがそれも三人いる従兄弟の最年長ラクロワ卿家公子エセルスが中央宮に赴任してからはさらに減り、今はラクロワ卿家夫妻と次子のルクス、アスウェル卿家夫妻とセルジュ。

 そして彼の婚約者であるミラーカの七名のみ。

 極々近い身内数人だけを招待して静かに開かれている。


 本来ならばここに先々代領主ヴィルールの弟ヴィルマール・クラカラインと先代領主であったセイジェルの父ユリウス・クラカラインが加わるはずだが、ヴィルマールは表舞台に出てくることがなくなって以来所在も不確かで招待状を届けることも難しい。

 そしてユリウスは息子のセイジェルと不仲なため、セイジェルがユリウスをウィルライト城に招くことはない。

 ユリウスも、セイジェルに招かれたところで自分からウィルライト城に足を運ぶこともない。


 用があれば自分そっちが来い


 これが父ユリウスのスタンスだからである。

 息子のセイジェルも 「わざわざ足を運んでまで見たい顔ではない」 というスタンスのため、ユリウス・クラカラインとセイジェル・クラカラインの親子が顔を合わせることがなくなってすでに5年以上が経っている。


 ユリウス・クラカラインも隠居生活を送る別邸で食事会を開いているが、これも現領主であるセイジェル主催の食事会が開かれたあとに開催される。

 このルールは絶対であり、同じクラカライン家であっても、父親であっても、すでに序列は当主である息子(セイジェル)のほうが上。

 先代領主とはいえ破ることは許されないのである。


 そしてこの食事会には息子のセイジェルだけでなく、ユリウスの実妹であるラクロワ卿夫人エルデリアもアスウェル卿夫人マリエラも招かれることはない。

 当然それぞれの配偶者であり白の領地(ブランカ)の有数の有力貴族であるラクロワ卿オーヴァンもアスウェル卿ノイエも招かれることはない。


 元々ユリウスとエルデリア、マリエラの姉妹は子どもの頃から不仲だったのだが、やはり決裂が決定的になったのは末弟クラウスの追放だろう。

 真相が解明されることなくクラウスは双子の兄マリウスの暗殺未遂の罪を問われてクラカライン家を追放され、マリウスは 「自分のせいでクラウスが……」 と自分を責め、失意のうちに亡くなった。


 だが当時、すでに結婚をしてクラカライン屋敷を出ていた姉妹に出来ることはなかっただろう。

 だからこそやりきれなさだけが残ったに違いない。

 そうして姉妹とユリウスのあいだには埋めがたい深い溝が出来てしまったのである。


 以来兄とはほとんど顔を合わせることもなく過ごしてきた姉妹だが、そんな兄の息子とはいえセイジェルに罪はない。

 それどころか兄のせいでわずか15歳という若さで領主という重荷を負うことになったのである。

 しかも生まれてまもなく母親を亡くしたため顔も覚えておらず、父親は無関心というセイジェルの境遇には同情を禁じ得ず、今でこそ領主と貴族という立場で節度を守っているが、子どもの頃は自分たちの息子同様に可愛がってきたものである。

 それは今も収穫祭の食事会などごく限られた身内しかいない席では変わらないのだが……。


「お待たせして大変申し訳ございません。

 旦那様のお支度が少し遅れておりまして」

「セイジェルにしては珍しいこと」

「なにか悪巧みでもしているのではないではなくて?」


 この年もセイジェルの招待を受けた二組の夫婦は、それぞれ息子を連れてクラカライン屋敷を訪れていたのだが、通された広い談話室で、主人に代わって頭を下げるマディンにそんな軽口を叩く。

 白を基調としたドレスに青みを帯びた濃い色の髪を結い上げた姉のエルデリアと、同じく白を基調としたドレスに淡い色の髪を結い上げた妹のマリエラである。

 それぞれの隣には、当然のように配偶者であるラクロワ卿オーヴァンとアスウェル卿ノイエが静かに寄り添う。

 少し離れたところではセルジュがミラーカと寄り添い、ルクスだけが一人、ふてぶてしい態度で椅子に掛けている。


「息を吸うように企む奴ですよ、約束の時間に遅れるようなヘマはしません」


 それこそ約束の時間に遅れて 「企んでいる」 ということを悟られるようなヘマはしないというルクスに、母親のエルデリアは呆れる。


「そなたはセイジェルと仲がいいのか悪いのか……」

「いいはずがないでしょう!」


 すかさず言い換えするクスに叔母のマリエラが言う。


「そのわりにセイジェルをよく理解していますこと。

 いつもいつも驚くほどセイジェルの行動を言い当てて」

「罠に掛からぬように用心しているだけです!」

「そう……罠に掛からぬように……そうですのね……ふふふ……」

「マリエラ」


 控えめに、だがとても楽しそうに笑うマリエラを、となりに寄り添う夫のノイエが静かに窘める。

 その様子から推察して、アスウェル卿夫妻はルクスの置かれている状況を知っているらしい。

 もちろん話したのは息子のセルジュだろう。


 昨日、ミラーカをリンデルト卿家の屋敷に送り届けたあと、セルジュもアスウェル卿家の屋敷に戻っている。

 昨日は夕食を。

 今日も朝食を一緒に摂っているから色々と話したはずである。

 そう考えればルクスがラクロワ卿夫妻と同じ馬車に乗ってこなかったことはもちろん、誰よりも早くクラカライン屋敷に着いていた(・・・・・)ことにアスウェル卿夫妻がなにも言わなかったのもわかる。


 そしてルクスもマリエラの様子を見てセルジュが全て喋ったことを察し、ミラーカの隣から冷ややかな目を向けてくる歳下の従兄弟を睨みつける。


「セルジュ……覚えていろよ」

「忘れる。

 どうしてそんなくだらぬことを覚えていなければならない。

 俺はそんなに暇じゃない」

「くだらぬことだと?」


 さも面倒臭そうに返されて面白くないルクスが言い返そうとしたところ、割って入る声がある。

 この食事会の主催者(ホスト)であるセイジェルである。


「相変わらず仲がいいな。

 だがルクス、どうせセルジュには勝てぬのだからやめておけ」

「セイジェル、貴様……」


 招待客と同じく白を基調とした衣装に身を包んだクラカライン家当主の、ようやくの登場である。

 アルフォンソとウルリヒを引き連れてやってきたセイジェルは、まだなにか言いたげなルクスを無視して他の招待客に話し掛ける。


「お待たせして申し訳ありません」

「なにかトラブルでもございましたか?」


 オーヴァンが尋ねる。


 今日この場に集まった親族の中では一番控えめな人物だが、宰相として日々セイジェルの政務を助ける身である。

 セイジェルの支度が遅れた理由が政務に関わることかもしれないと考えたのかもしれない。

 実直で真面目なオーヴァンらしい配慮である。

 だがセイジェルは穏やかに応える。


「ご心配なく。

 屋敷内のことですから」

「それならばよいのですが……」

「もう一つ申し訳ありませんが、いましばらくお待ちいただきたい」

「もちろんそれはかまわなけれど……」


 セイジェルの申し出にすぐエルデリアが応えるが、戸惑う彼女は相談するような視線を夫のオーヴァンに向ける。

 表情こそ変えなかったオーヴァンだがエルデリア同様に気づいたらしい。

 アスウェル卿夫妻も同様で、視線を交わしあった……と思ったらマリエラが口を開く。


「まだお客様がいらっしゃるのかしら?」


 セイジェルが言うトラブルが、厨房で起こったなら食事の支度が遅れている可能性もある。

 だがまだ客が全員揃っていないという可能性もあり、その場合は誰を呼んだのかという疑問が浮上するのである。

 先々代領主ヴィルールが亡くなってから、ラクロワ卿家の長子エセルスが中央宮に赴任して出席出来なくなった以外、収穫祭の顔ぶれは変わらないはずだから気になるのも無理もないだろ。


「客では……」


 おそらくセイジェルは 「客ではない」 と言おうとしたのだろう。

 だがその言葉半ば、マディンが軽く頭を下げた……と思ったら、皆が集まる談話室にノエルが到着する。


 収穫祭の衣装は白を基調とするのが慣例である。

 ノエルも慣例に従って白を基調としたワンピースを着ているが、いつもより装飾の多いデザインで、髪にも普段は付けない飾りをつけている。

 そしていつものようにエプロンを着けてしろちゃんを抱え、ニーナに連れられて談話室に入ってくる。

 その姿を見て 「来たか」 と独り言のように呟いたセイジェルは、手振り付きでノエルを招く。


「ノワール、こちらに来なさい」


 ニーナに促されながらも初めて見る顔ぶれに足が竦んでしまったノエルは入り口で立ち止まったが、セイジェルに呼ばれると、客たちを見ないようにセイジェルに駆け寄る。

 そしてしろちゃんを突き出すようにしゃべり出す。


「あのね、あのね、しろちゃんにした」

「そうか」

「でもね、あおちゃんもいきたいっていった」

「そなたが持ち歩いていいのは一体だけ、そういう約束だ」


 どうやらしろちゃんとあおちゃん、どちらをお伴にするかを決めるのに時間が掛かってしまったらしい。

 だが約束は約束だというセイジェルにノエルはしょんぼりする。

 そんな二人のやり取りを側で見ていたセイジェルの側仕え、アルフォンソとウルリヒが言い出す。


「女性ならば支度に時間が掛かるのもわかりますが、まさかぬいぐるみで迷っていたとは誰も思いますまい」

「今日も姫は平和でございますね」

「平和すぎてお客様もビックリでございます」


 実際にはぬいぐるみどころではなかった。

 厨房にトラブルがあって食事の支度が遅れている可能性より、新たな客の到着を予想していたラクロワ卿夫妻、アスウェル卿夫妻だが、まさかぬいぐるみを抱えた子どもが登場するとは思ってもみなかったのである。


 ノエルが故意に客人たちのほうを見ないようにしているため四人からもノエルの顔はよく見えないが、まだ幼い子どもであることとセイジェルに懐いていることはわかる。

 だが問題はそんなことではない。

 どうしてクラカライン屋敷にこんな幼い子どもがいるのか? ……ということである。

 その疑問を解消すべく、だが場の雰囲気を壊さないようにエルデリアが穏やかに尋ねる。


「セイジェル、その子はどなたかしら?」


 ノエルにもすぐ 「その子」 が自分のことだということはわかった。

 しろちゃんを両腕に抱きしめて身を小さくするが、セイジェルが頭の上から話し掛ける。


「心配はいらない。

 そなたに会わせたい方々だ」

「おこられない」

「怒られない」


 そう答えたセイジェルは顔を上げ、今度はエルデリアたちに向かって話し掛ける。


「詳しいことは食事のあとで話しますが、これはノワール・クラカライン」


 すぐさまマリエラの隣で夫のノイエが 「クラカライン……」 と呟く。

 おそらくエルデリアの隣で、夫のオーヴァンも心の中で同じことを呟いていたに違いない。

 新たなクラカラインの登場は両家にとって予想だにしないことである。

 驚くのも無理はないだろう。


 だがセイジェルは気にすることなく、今度はノエルに向かって話し掛ける。


「あちらの、少し髪が青い女性はラクロワ卿夫人エルデリア」

「ラクロワ……ルクスさま」

「そう、ルクスの母君だ。

 おとなりにいらっしゃるのはルクスの父君だ」


 セイジェルの言葉に促されたノエルの視線がオーヴァンに向くと、視線が合ったオーヴァンは逸らせるように伏し目がちに頭を下げる。

 そしてセイジェルがオーヴァンを紹介する前に自ら名乗る。

 まだ彼らはノエルの正体を知らないけれど、クラカラインはクラカラインである。

 そう名乗ることをクラカライン家の当主が許しているのだから臣下として礼儀を弁えたのだろう。

 オーヴァン・ラクロワはそういう人物である。


「わたくしはオーヴァン・ラクロワと申します。

 姫君にはお初にお目に掛かります」


 そんなオーヴァンに対して警戒するノエルはなにも応えなかったが、セイジェルは気にすることなく紹介を続ける。


「あちらはアスウェル卿夫人マリエラ」

「セルジュさまのおかあさん」

「そう。

 となりにいらっしゃるのはセルジュの父君だ」


 オーヴァンもノイエも魔術師だがノイエは神官でもある。

 魔術師の正装はローブだが収穫祭は正装ではなく盛装であるため、ノイエは普段着ている神官のローブに近いデザインの衣装を着て、義兄同様に臣下として礼儀を弁える。


「ノイエ・アスウェルと申します。

 以後、お見知りおきくださいませ」

「…………オーヴァンさまとノイエさま」


 ノエルがポツリと呟くと、セイジェルは 「好きにお呼びしなさい」 と言う。

 オーヴァンもノイエも物事を弁えた大人である。

 それこそ酷い呼び名を付けられてもクラカラインを相手に逆らうことはないだろう。


 これで一通り招待客の紹介は終わり。

 前置きしたとおり詳しい話はあとにして早速食堂へ……とセイジェルが皆の足を促そうとしたところで我に返ったのがエルデリアである。


「わ、わたくしのことはエルデリアと呼んで頂戴」

「ではわたくしのことはマリエラと」


 なぜかノエルに取り入るべく自己主張をするエルデリアに、すかさず妹のマリエラも便乗する。

 するとセイジェルは言う。


「あの二人の言うことは聞いておいたほうがいい。

 怒られはしないが、うるさいからな」


 すかさず 「セイジェル」 と抗議するエルデリアだが、セイジェルは耳を貸すことなく食堂へと客人たちの足を促す。

 セイジェル自身はノエルを抱え上げようとしたのだが、珍しくノエルが抵抗してくる。

 抱え上げようとしたセイジェルの腕を払った……といっても乱暴にではない。

 片腕にはしろちゃんを抱えているから、空いているもう一方の手でセイジェルの手を拒否したのである。


「どうした?」

「えっと、えっと、だっこじゃない。

 て」

「て?」

「て。

 ノエル、てがいい。

 て」


 すぐに 「て」 が 「手」 であることはセイジェルにもわかったが、「手がいい」 とはいったいどういう意味なのか?

 セイジェルが困惑していると、戸口に立っていたマディンが小さく咳払いをする。

 するとノエルのそばに控えていたニーナがハッとする。


「お、恐れながら旦那様、最近の姫様は手を繋ぐのがお好きなのです」


 つまりノエルは抱っこではなく手を繋いで歩いて欲しいのだろう。

 立場上、余計な口を挟めずやきもきしながらノエルとセイジェルのやり取りを見ていたミラーカは、ニーナの説明にホッと胸をなで下ろす。

 だがセイジェルは隙をついてノエルを軽々と抱え上げる。

 そして言うのである。


「そなたの短い足に合わせて歩くと時間が掛かって食事が冷める」

「ノエル、てがいいのに……」


 怒られるのが怖いから暴れることは出来ないノエルだが、その小さな抗議を聞いてエルデリアが声を張り上げる。


「セイジェル!

 そなたはそんな小さな子どもにまで意地悪をするのですか!」


 だがセイジェルは、ノエルには


「あの二人の言うことは聞いておいたほうがいい。

 怒られはしないが、うるさいからな」


 などと言っておきながら、自身はエルデリアの抗議に耳を貸すことなく、ノエルを抱えたまま食堂へと向かって歩き始めたのである。

【ラクロワ卿夫人エルデリアの呟き】


「きっとマリエラも狙いは同じはず。

 でもこれは譲れません。

 絶対に譲れません。

 ええ、これは戦いですわ。

 いくら実の妹とはいえ手加減はしなくてよ、覚悟なさい」

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