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円環の聖女と黒の秘密  作者: 藤瀬京祥
一章 黒い髪の少女
11/109

9 親切な村人

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!

「夜分に失礼する」


 アーガンなりに挨拶はしたつもりだった。

 だがそれは決して好意的なものではない。

 なにしろその直前、招き入れられてもいないのに無理矢理押し入ったのだから。


「あんた、今朝の……」


 正体を明かすべくおもむろにフードを脱いでみせると、この家の主人である村男は腰を抜かさんばかりに驚きの声を上げる。

 すると屋内にいた家族も、大男のアーガンを見て驚きの声を上げる。


「あんたっ?!」

「父さんっ!」


 アーガンが村人たちから仕入れた情報によれば、この家には主人である男の他に、男と同じ四十がらみの妻と十四、五歳の息子が暮らしているという。

 二人がそうだろう。

 男の名前はアモラ・ノシーラというらしい。

 もちろんこれもノワールを探している最中、他の村人たちから聞き出したのである。

 それもなるべくさりげなくを装って。

 駆け引きの苦手なアーガンにしては頑張ったが、さすがに男の名前を聞き出すのが精一杯で、家族まではわからなかったが問題はないだろう。

 一番重要だったのは男の家を突き止めることだったから、男の名前すら本当はどうでも良かったのである。


 ではなぜ男の家を突き止めようとしたのかといえば、夕暮れを待ち、こうやって訪問するため。

 実はこの男、アーガンたちがエビラ家を辞去したすぐあとあたりから、物陰に隠れたつもりでずっとアーガンたちをつけていたあの男なのである。

 遭遇した場所ははっきりしないが、それからずっと物陰に隠れたつもりでアーガンたちをつけ回し、話に聞き耳を立てていた。

 それはセルジュたち三人を先に宿に帰し、アーガンが一人で聞き込みを続けているあいだも続いていたから、よほど興味があったのだろう。

 男がそこまでアーガンたちに興味を持つ理由にアーガンは興味を持った。

 だからこうして押しかけたのである。


「少し話を聞かせてもらいたい」


 親子の驚きをあえて無視して話すアーガンに、驚きのあまり、今にも尻餅をつきそうなアモラを庇うように息子が声を上げる。


「なんだ、あんた!」

「お前の父親に用がある」

「用……?」


 アーガンの言葉を繰り返す少年は、父親とアーガンの顔を、忙しく交互に見る。

 その問い掛けに、父親のアモラが答えるより早くアーガンが言葉を継ぐ。


「アモラとかいったか?

 ノワール・マイエルはどこにいる?」

「ノワールって……?」


 どうやら息子は、自分たちがノエルと呼んでいる少女の本名を知らないらしい。

 やはり父親とアーガンの顔を交互に見ると、今度はアモラが答える。


「エビラんところノエルだ」

「え? ノエル……って?」


 やはり話が見えない息子は戸惑いを隠せない。

 だが妻は夫から話を聞いていたらしい。

 ついには尻餅をつく夫に駆け寄る。


「あんた」


 そう声を掛け、首を横に振る。

 けれどアモラは最初、戸惑いながらも 「だが……」 と呟いていたが、「どこにいる?」 と平板に繰り返されるアーガンの問い掛けに観念したらしい。

 あるいはアーガンの背にある大剣を見て怖じ気づいたのか。

 またあるいはノエルと会わせればすぐ帰るとでも思ったのか。

 妻にランプの用意をさせると、アモラはそれを持って外にある納屋にアーガンを案内する。

 だが外に出た瞬間、馬番を兼ねたイエルが立っていることに気がつくとひどく驚いていた。


 あまり使っていない納屋なのか。

 あるいはイエルの存在にそれほど驚いたのか。

 ランプの灯りを頼りに鍵穴にはすぐ鍵を差し込めたけれど、上手く回らないらしい。

 アーガンの立っている位置からアモラの手元はよく見えないけれど、音から推測するにひどく錆びついているようだ。


 しばらくガチャガチャやっていたが、ようやくのことで開いて中に入ってみると、ランプの灯りに照らし出される屋内には雑然と物が押し込まれている。

 しかも本当にあまり使われていないらしく、ひどく埃っぽい。

 そんなあまり広くない空間に、アモラに続いてアーガンが入ってすぐ、置かれた木箱の影からゆっくりと黒い影が這い出してくる。


「おじ、さん?」


 薄闇の中に聞こえてくるのは、今にも消えてしまいそうなほどか細い声。

 かすれているけれど、まだ幼いこどもの声だ。

 話し方も少し舌足らずな感じがある。

 アモラがランプの位置を変えてその影を照らし出すと、五、六歳だろうか。

 随分とサイズの合っていな古着を着た子どもが、積まれた木箱の影から上半身だけを覗かせるように這い出している。

 しかも長く闇の中にいたためか、被った帽子の下からアモラを見上げる目は眩しそうに眇めている。


「……だ、れ?」


 ただでさえアーガンは大男だ。

 床に近いところから見上げるこどもは、アモラの後ろに立つアーガンに気がつくと、その大きな目をさらに見開いて驚いた……と思ったら瞬く間に怯え出す。

 アーガンもまた、こどもを見下ろしてなんとも言えない複雑な気持ちになる。


(なんだ、これは?)


 自分を見上げる目ばかりが大きな顔は頬がゲッソリと痩け、すっかり伸びた襟ぐりや袖口から出る首や腕はガリガリに痩せて骨ばかり。

 その現実を前にしてなお理解出来ないアーガンが立ち尽くしていると、ばつが悪そうにアモラが答える。


「ああ、ちょっとな」

「あの、ね、おじ、さん、お水、ない……」


 怯えるこどもはチラチラとアーガンを見ながら、ぎこちなく男に話す。

 そして隠れていた木箱の影から水筒を取り出すけれど、すぐに手を滑らせてしまう。

 床に落ちた水筒は中身が入っていないらしく、軽い音を立てて転がる。

 足下まで転がってきたのをアーガンが拾い上げると、こどもは小さく 「あ……」 と声を漏らし、怯えた表情でアーガンを見上げる。


 けれどアーガンは気付かない振りをして空の水筒を木箱の上に置くと、こどもの前にゆっくりと屈んで視線を合わせ、帽子の下から覗く双眸を見る。

 ランプの灯りではよくわからないけれど、黒っぽい色をしていることは間違いない。


(ここではよくわからないな)


 そんなことを思いつつ、念のために……と、目深に被っている帽子を勝手に取る。

 すると中に押し込められていた髪が溢れるように滑り出る。

 すわっていると床まで届くほど長い髪は色が濃く、ひどく不器用に編んで束ねられていた。

 怯えるこどもは、痩せた両腕で髪を隠そうと慌てるけれど少しも隠せておらず、木箱の陰に隠れてしまう。


「あ! おい、ちょっと……」

「あんた、こいつは……その……」


 アーガンの背後に立ったアモラが、慌ててなにを言おうとしたかはわからない。

 わからないけれど、なんとなくこどもの様子が理解出来たアーガンは屈んだまま、マントの下に手を差し入れると、腰に下げていた自分の水筒をベルトから外してこどもに差し出す。


「ゆっくり飲め」


 最初、怯えるこどもは水筒を受け取ることが出来ずにいたが、伺うように見上げたアモラが頷くのを見て、ようやくのことで水筒を両手で受け取る。

 けれど小さなこどもには、大男のアーガンが閉めた水筒の蓋を開けることが出来ない。

 泣きそうな顔をしながらも頑張って開けようとするのを見たアーガンは、蓋を開けてやろうとしたのだが、内心で焦るあまり、結果としてその大きな手で水筒を取り上げることになってしまった。

 声を掛けてからにすればよかったと後悔するけれど、あとの祭り。

 せめてと、蓋を緩めてから改めて水筒を渡す時は、少し抑えた声を掛けてやる。


「全部飲んでかまわない。

 ゆっくりな」


 アーガンの声が小さすぎて聞こえなかったのか、受け取るのを躊躇ったこどもだが、よほど喉が渇いていたのか、アーガンが辛抱強く待っていると、やがて我慢出来ずに両手に受け取る。

 けれど本当はアーガンの声が聞こえていたらしく、言われたとおりゆっくりと、味のない水を味わうように飲み始める。

 その短い時間のあいだ、アーガンは状況を理解しようと考えていた。


(これがノワール・マイエル?

 九歳のこどもではなかったか?)


 その特徴である黒い髪や瞳を、この状況で確認することは難しい。

 昼間話を聞いた村人の中には 「マーテルが八つだから、黒髪のは五つか六つじゃなかったか?」 といっている者もいたが、依頼主からアーガンが聞いたのは九歳のこどもである。

 しかもこんなところに隠れている経緯が全くわからない。

 わからないこと尽くしのアーガンは、こどもが水を飲み終わるのを待って、まずは本人確認から試みる。


「ノワール・マイエルだな?」


 空になった水筒を両手に持ったままのこどもは、変わらず怯えたまま、今にも消えそうな声で答える。


「ノエルが、いい……」


 噛み合わない会話にアーガンは一瞬怪訝に思ったが、すぐに今朝、エビラ家で聞いたミゲーラの話を思い出す。

 彼女はノワールと呼ばれたくないのだ。

 すぐにそう理解したアーガンは 「わかった」 と答える。


「どうしてこんなところに?」


 続くアーガンの質問には答えなかった。

 あるいはノエル自身もわからないのか、黙って首を横に振るだけ。

 アーガンは屈んだまま、背後でランプを持って立つアモラを振り返る。


「どういうことだ?

 どうしてこの子はこんなところに?

 あんたが連れてきたのか?」

「違う!

 俺はユマーズに……」

「ユマーズ?」


 アモラの言葉を繰り返すアーガンの脳裏には、エビラの家で見た、あの流れ者の優男の顔が思い浮かぶ。

 今朝の様子では、まるで自分は関係ないとでも言わんばかりだったが、ここで名前が出てくるということはなにか関係あるのだろうか?

 ノエルはわからないというし、このままアモラに訊いてみるしかなさそうである。


「確か流れ者の男だな」

「あ、ああ、エビラの家で会っただろう?

 あいつだ、あいつが連れ出していたんだ。

 こいつが外にいるなんて珍しくて、それで呼び止めたんだよ、俺は」


 アーガンに促されたアモラが話しだしたところによると、昨夜遅くのことである。

 村中が寝静まった時間、アモラも眠っていたのだが、ふと目を覚まして畑に忘れ物をしたことを思い出したらしい。

 いま思えば、わざわざ夜中に取りに行かなくてもよかったのだが、昨夜はどうしても気になって、こっそり家を抜け出して取りに行った。

 その時、エビラの家から出てくるユマーズとノエルに気がついたのである。

 しばらく見ていたら、どうも村を出ていこうとしている様子。

 そこで慌てて追いかけて声を掛けたのだという。


 時間も時間である。

 突然声を掛けてきたアモラにユマーズはひどく驚いた様子だったが、すぐにこんなことを言い出したという。


「ちょっとエビラがぶち切れちまって、さすがにヤバイと思ってさ。

 それでしばらくこいつを避難させようと思ったんだよ」


 ユマーズの話では、エビラの怒りがいつもとは比べものにならず、それこそ放っておけばノエルを殺してしまいかねないほどだったらしい。

 さすがにそれはまずいと思い、しばらくノエルとエビラを引き離そうと考え、こんな時間にノエルのほうを連れ出したという。

 そこでアモラがノエルを預かると申し出ると、最初は 「いや、悪いからいいよ」 などと遠慮していたユマーズだったが、どうにもそんなユマーズの様子が気になったアモラも引き下がらず。

 そうしてアモラがノエルを預かることになったというのである。


「預かる? これが?」


 話を聞いた限りではアモラは親切なおじさんだが、預かるなら納屋の必要はないはず。

 白の領地(ブランカ)に近いこのあたりは、赤の領地(ロホ)でも白の季節の訪れが早く、朝晩こそ少し涼しくなったけれど、陽が昇ればすぐに暑くなる。

 赤の季節に比べればその暑さも幾分ましになったとはいえ、水筒の水だけで、窓一つない納屋で過ごすのは大人でも厳しいはず。

 けれどノエルは怒られるのが怖くて、水を飲み干しても騒ぐことなく閉じ込められていたらしい。

 しかも鍵をかけて出られないようにし、様子を見に来ることもせず。


「飯はどうした?」

「ごはん……」


 アーガンの問い掛けに小さく呟いたノエルは、やはり首を横に振る。

 そして空になった水筒を少し持ち上げて 「お水……」 とだけ。

 代わりにアモラが答える。


「違うんだ!

 その、エビラの機嫌もすぐに治ると思ったから……」

【セス・ジョーンの呟き】

「つまんねぇの。

 隊長ってばイエルばっか連れて行ってさ。

 俺だって役に立てるっての。

 なにさ、ちょっと顔がいいからって。

 剣の腕だったら俺だって全然負けてねぇっての。

 なんたって俺は、大手柄を立てて貴族に成り上がるんだからな。

 見てろよ……」

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― 新着の感想 ―
[一言] 『手柄』程度では、貴族にはなれないと思う…… 救国の英雄とかでないと……(笑)
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