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「……え?」
リーシャの顔が上がる。
その声は母親のものではなく、ロンだった。
「マリー様たちのじゃないですよ、俺たちのまかないの話です」
「え……あ、なんだ?」
「じゃーん!」
笑いながら見せて来た野菜はあのえぐみの凄い野菜だ。
「今日はこれでスープを作ります! ロディナさんの味に近づけるように頑張ります」
調理音を聞きながら、リーシャは座っていた。
まだ夕飯の時間と呼ぶには早い時間だが、ロンが完成と言ったので腰掛を持ってきて厨房の台で食べる。
「いただきます」
手を合わせてからスープを啜ると、よく知った味が広がった。
「ん、美味い」
「でしょう! 俺ももうただの見習いじゃないですからね」
ロンも自分で作ったスープを啜りながら自画自賛する。
「ねぇ、料理長」
「なんだ?」
「料理長が良ければいいんですけど」
ロンが優しく微笑んだ。
「この先も俺と一緒に食卓囲んでくれませんか?」
リーシャの手が止まる。
皿とスプーンがかちりと音を立てた。
「料理は交代制にしましょうね! 俺だって料理長の料理が出てくるの楽しみに待ちたいし、料理長だって何が出てくるか楽しみに待てますよ!」
楽しみ、という言葉に胸が締め付けられる。
「あと、互いの好きな物を一週間に一回は出しましょう。そうすれば嬉しいじゃないですか!」
嬉しい、という言葉に目頭が熱くなる。
「そんで……沢山の思い出を思い出して、沢山の思い出を残しましょう」
スープにぽたりと水滴が落ちる。
「……わかった」
「ふふっ、やった!」
心の底から嬉しいのかロンは頬を赤らめて笑った。
少し塩辛くなったスープをすべて飲み干し、リーシャは手を合わせて「ご馳走様でした」と言う。
皿を片付けながら、ロンが「そういえば」とリーシャに尋ねる。
「ちなみに、俺は料理長が誰でもいいんですけど、本当の自分がいたりするんですか?」
リーシャは台を拭く手を止めた。
「ん? あぁ……リーシャは料理人として名付けた。で、ロディナが本当の名前だ。でもどうなんだろうな、リーシャとして生きてきた方がもう長いな。どっちが本当の俺なんだろうか」
リーシャという仮面が剥がれなくなってしまった。それを無理に剝がすべきなのか、それともリーシャという仮面を自分として生きていくのか、悩んでいると皿を洗っているロンが笑いながら言った。
「んー、じゃぁ他の人がいるときはリーシャで、俺と二人っきりのときはロディナでいきましょう。どっちも料理長ってことで。それになんか二人っきりのときだけ違う名前で呼ぶのって特別って感じがしません?」
ロディナは台拭きを手にロンに近づく。
「お前、俺と特別な関係になってどうするんだよ」
「いやいやいや、一緒に食卓囲むって約束したんで、もう特別な関係ですよ、俺たち」
手元を泡だらけにしたロンはロディナを見上げて笑った。
「それに、二人で食べたほうが美味しいじゃないですか!」
『ねぇ、お母さん。お腹空いたー、先に食べていい?』
『もうちょっと待ってなさい』
『えー、なんでー?』
『一人で食べるより、大勢で食べたほうが美味しいからよ』
『味は同じでしょ』
『分かってないわね、ロディナ。二人で食べたほうが美味しいって言い合えて、思い出にも残るでしょう』
「あぁ、そうだな」
番外編完




