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「俺はあなたがエリオでもリーシャでもロディナでも本当に誰でもいい」
包丁を置いたロンが男に近づく。
「あなたが誰であっても俺はあなたを信じるし、尊敬する」
真っ直ぐな瞳が青ざめた男を見つめる。
「……嫌だったんだ」
エリオが左右に首を振る。
「お前に、エリオの俺を見られるのが嫌だった。俺は誰にでもなれたのに、どうしてもお前の前だけでは……」
リーシャは頭を抱えた。
「純粋に慕ってくれていたお前に軽蔑されるのが嫌だった」
はぁ、と珍しくロンがため息をついた。
「いや、だから軽蔑しませんって。言ったでしょ、殺人狂でも結婚詐欺師でも吸血鬼でも俺はあなたを嫌いになることはないです」
「だいたいなんでそのレパートリーなんだ……なんだよ、吸血鬼って」
ロンは首を傾げた。
「いや、路地裏に女性に連れてきてかぷって吸血しそうじゃないですか、吸血鬼って」
「こんなくたびれた吸血鬼がいるか……」
「いやだから、料理長はかっこいいって言ってるじゃないですか! なんで俺の言葉信じないんですか!」
ロンが頬を膨らます。
「だって言われたことないし」
「嘘つかないでくださいよ! 昨日の女性、料理長にメロメロだったじゃないですか!」
「メ、メロメロ……?」
不可解な言葉に首を傾げるリーシャにロンは「惚れてるってことです!」と声を荒げた。
「あれはエリオにだろ」
「同じ顔じゃないですか」
「んー、まぁそうなんだが……」
元気をなくしたリーシャがまた顔を伏せてしまった。
ふぅ、と息を吐き、ロンは立ち上がり、皮を剝いた野菜を切っていく。
包丁が野菜を切り、まな板にあたる音がトントンと厨房に響く。
その音を聞いたリーシャは懐かしさを感じた。
食卓でその音を聞きながら、ご飯を待つ幼い自分の姿が浮かぶ。
出てくる料理が楽しみで、自分の好物が出て来たときは嬉しかったことを思い出した。ひとつ記憶が蘇るとするすると糸を辿るかのように別の記憶も蘇る。
そういえば、母親が振り返って、いつも聞くのだ。
「今日の夕飯なんだと思います?」




