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わがまま令嬢とその侍女  作者: たなぼた まち
料理長の仮面 番外編
96/120

09

「今日はため息つかないんですね」

 厨房の隅で体を丸めて座る料理長にロンは声をかけた。

 料理長からの返事はない。

「料理長って、本当は誰なんですか?」

 そう尋ねると料理長の肩が大きく跳ねた。

 だが、言葉が返ってくることは無い。

「やましいことでもしてたんですか」

 いつまで経っても返事はない。

 するするっと野菜を剥く音だけが厨房に響く。

「別になんでもいいんですけど」

 独り言のようにロンが言う。

「俺は料理長が誰だっていい」

 ぴくりと料理長の指が動く。

「俺はあなたが殺人狂でも、結婚詐欺師でも、吸血鬼であっても、なんでもいい」

 ゆっくりと男の顔が上がる。

「あの日、俺に飯を食わせてくれたのはあなただった。その事実だけは変わらない」



 ロンは孤児だった。

 あの裏道で人様の家の軒先に勝手に住み着いて、生きていた。

 ある日、少し遠くにある農場で盗みを働いた。

 土の中にある野菜を勝手に掘り起こして、土を汚い服で拭って、それを生のまま一口齧った。あまりのえぐみに、口から吐き出して「うえっ、これ食いもんじゃないの!?」と叫ぶと、後ろから近付いてきた男が「食いもんだよ」と答えた。

 男はちょっとここで待ってろ、と言い、その齧りかけの野菜の手にし、農場主の家に入って行った。ロンは素直に待っている必要は無かったのだが、何故かそのときだけは逃げる気にならなかった。暫くすると、その男は鍋と皿片手に戻って来た。

 ロンを見て「逃げなかったのか」と笑った。

「あんたが待ってろって言ったじゃん」

「あぁ、そうだったな」

 そう言って男は皿にスープを盛りつけ「さっきの野菜で作ったスープだ、飲んでみろ」と渡した。先ほど味わったえぐみが口の中で広がるのを想像し顔が険しくなる。しかし香りは良いので、ロンは覚悟を決めて飲んだ。

 飲んだロンが固まった。

「どうだ?」

 男が尋ねると、ロンは小さく「美味しい」と呟いた。

「あの野菜は茹でることでえぐみが消えるんだ。あんなもんを生で食べようとするやつは初めて見たぞ」

 楽しそうに笑う男の横でロンはスープを啜った。そして泣いた。

「え!? どうした!?」

 男が慌てる。

「こんな、美味しい物食べたの初めてで……世の中にはこんなに美味しい物が、あるんだと思って、それを知って嬉しいけど、でもそれを食べれない自分が惨めで悲しいっ」

 男は、声を上げて泣きじゃくるロンに「とりあえずこれ食っていいから!」と残りのスープをすべて皿に盛った。

「ううぅぅ、美味しいぃぃっ」

 鼻水を垂らしながら美味しいと泣くロンに男は我慢できず笑い出した。

「ううぅぅ、笑うなぁぁ」

「美味いって泣かれたら、そりゃぁ料理人冥利に尽きるっての。ジョーダン家の料理長に箔がついたな」

 ぐすっと鼻をすすり、食べ終わった皿を男に返す。

「俺の実家は小さな町の料理屋で、両親が作るものは何でも美味かった」

「ぐすっ……なに、自慢?」

「でも俺が七歳の頃、戦火に巻き込まれて二人は死んじまった」

 男は昔を思い出したのか、目を細めた。

「ガキの俺はどうやって生きていったらいいか分からず、色んな悪いことをした。そうして金を得て、生きてきた。その金で何を買おうと思ったとき、ふと両親が作ってくれたスープを思い出したんだ。その金で野菜と適当な調味料を買って、水を沸かした湯にぶっ込んだ。それがまぁ不味くて不味くて!」

 男は笑った。

「でも、それがどこか懐かしかったんだ」

 ロンは自然に「うん」と頷いた。

「両親と囲んで食べたあの日のスープじゃないけど、懐かしくって、俺は料理をすることを決めた。あの日々の大切な思い出を、思い出すために」

「そっか」

 男が立ち上がる。

「悪いな、なんか思い出話に付き合ってもらって」

 ロンの大きな目が男を見上げる。

「ううん、ねぇ、あんた名前は?」

「あ、俺か? リー……いや、ロディナだ」

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