08
「いたぞ! こっちだ!」
追手の声でエリオは我に返る。
どちらへ行こうか迷っていると、少年が「こっち」とエリオの手を掴み駆け出した。
「ここは特に迷いやすい路地だから、たぶん少し走れば撒ける」
「あ、あぁ」
右に、左に、左に、また右にを何回か繰り返すと追手の足音が聞こえなくなった。
「フルールさん、もう大丈夫です」
汗を流しながら、肩で大きく呼吸をするフルールに声をかける。
「はっ、どうして、私たち、はぁ、追われたのでしょう」
「どうでしょう、まだ確かなことは言えませんが」
安心させるように肩に両手を置くと、フルールはエリオの胸元に飛び込んできた。
「私、怖いです! 助けてくださいエリオさんっ」
エリオの心臓が大きく跳ねる。
その体を抱き締めて、大丈夫だと、自分がついていると言わなければならないのに、手が動かない。舌が回らない。
背後から突き刺さるような視線に体が強張って何もできない。
「とりあえず、裏道を出よう」
少年が先導するように歩き出す。
「あ、ああ」
ようやく発せられた言葉はひどく弱々しいもので、それを聞いたフルールはそっと離れた。
「じゃぁ」
裏道を抜けた後、少年はそのまま走って駆けて行った。
「あの子のおかげで助かりましたね」
口を開かず、呆然と立ち尽くし、少年の後ろ姿を眺めるエリオの袖をフルールが引っ張る。
我に返ったエリオが「あ」と漏らし、フルールを見た。
「あの、私、思い出したんです」
「え」
「あれは父でした」
フルールはあの日、自分が見たのは父だと分かったが、それを信じたくない故に父ではないと思い込んだ。そして隣を歩いていたのは法務大臣の妻だった。よくパーティーで見かけていたのでその存在を知っていたと彼女は語った。
「きっと私は父にとって邪魔な存在になってしまったのでしょう。あの男たちは父か、それとも法務大臣の奥様からの追手でしょう。ごめんなさい、関係のないあなたを巻き込んでしまって」
フルールはエリオの手を、宝物を持つかのように包み込んだ。
「私、とても嬉しかったです。あなたが話を聞いてくれたこと、一緒に食事をしてくれたこと、愛してくれたこと、すべてが幸せでした」
吊り目がちな目に涙が溜まる。
「だから、もうあなたを危険な目に遭わせたくない」
優しく微笑む彼女の目から涙が零れ落ちた。
「もう、お別れです」




