04
腕に柔らかな感触が当たる。
口から出そうになるため息を飲み込んで、フルールに声をかけた。
「フルールさんはずっとあそこで働いていらっしゃるのですか」
一昨日会ったときには嵌めていなかった美しい指輪を嵌めた手がエリオの腕を撫でている。
「あっ、いえ、最近働き始めましたの」
服も煌びやかなものになっている。
家出中じゃないのか、と呆れ、またしてもため息が出そうだったが必死に飲み込む。
「そうですか。それにしてもフルールさんはこの下町にはふさわしくないほど、品のあるお方ですね。もしかして生まれはこちらではないのでしょうか」
そう尋ねると戸惑いを浮かべた瞳がエリオと交わる。
左右に泳ぐ目を見て、嘘が下手なお嬢様なことだ、とエリオは思った。
しかし、そういう人間の方が懐に入るのが容易いのだと内心で口角を上げる。
「なにか、お困りなことが、人に言えない秘密があるのでしょうか」
ゆっくりと優しい声音で尋ね、フルールの腕を離し、正面に立つ。そして彼女の頬に手を添える。
「エ、エリオ様っ」
顔を真っ赤にして戸惑う彼女に熱っぽい視線を送る。
「私では、貴女の力にはなれませんか……」
甘い声で囁くように言うが、フルールは「そ、そんなことございません!」と否定するだけで、唇を固く噛んでいる。エリオが思っているよりも意志が強い娘らしい。
「私はあそこで働く貴女を見て、一方的に好意を持ち、近づいた男です」
手を頬から離し、一歩下がる。
そういう女性を相手にするときどうすればいいのか、対処法はすべてエリオの頭の中に入っている。
離れるのだ。
「そんな男が力になると言っても、嫌なだけですよね……申し訳ありません。今日は、ここまでにしましょう。ご自宅まで送っていきます。どちらにお住まいで」
「嫌じゃありません!」
夜の街にフルールの声が響く。
「嫌なわけありません! だって私、あのとき助けてくれた貴方がす」
フルールの言葉が唇によって塞がれる。
「あぁ、良かった」
エリオはフルールの目を見た。
それは完全に恋する目で、エリオしか見ていなかった。
この目を人生で何回見てきたことだろう。
この目はあとは絶望に変わることしかない。
それが分かっていても痛む心はもう何処にも無い。




