09
「よかったな、あんたは後遺症に苦しめられてなくて」
ターナーは皮肉な笑みを浮かべる。
その言い方に引っ掛かりを覚えたアソラは、そういうことか、と納得した。
「あなたも遺物か」
「ああ、そうだ。まあ俺は前線じゃなかったけどな」
ターナーは十年前、医療班の護衛を務めていた。護衛とは名ばかりの、医療班の使いぱっしりだったが、それでも彼もまた後遺症に苦しむ一人だった。
「俺は主に幻聴だな。死んでいったやつらの声が永遠にやまないんだ。痛いだとか、嫌だとか、帰りたいとか、母さんだとか、大の大人が泣く声が永遠に聞こえる」
ターナーが無意識に耳を塞ぐ。
そうしても声がやむことは無いが、そうせざるを得ないのだろう。
「なぁ、あんた終わりにしてくれないか?」
その提案にアソラは首を傾げた。
「あんたは後遺症無いからわからねぇと思うけど、結構辛いんだ。でも俺は自分で死ぬ度胸がない。生きたかった奴らがあんなにいるのに、自分から死ぬのは、どうしても、できないんだ」
「……そう」
アソラが銃を出し構えると、ターナーは、子供がおもちゃをもらったときのように嬉しそうに笑った。
「あぁ! そうだ、ありがとう!」
月を覆っていた雲は晴れ、青白い光がターナーを照らしている。
「あぁ、あぁ! もうすぐだ、ようやくっ、声が聞こえなくなるんだ!」
恍惚とした表情を浮かべるその姿をアソラは静かに見ていた。
「本当にありがとう。あんたは俺の神様だ」
「私は神様でも救世主でもなんでもない」
アソラがそう言うと、恍惚とした顔から表情が消えた。
人形のような表情のない顔でターナーは言う。
「俺がそうだと思えば、あんたは神様だ。それを否定する権利はあんたにはない。それを否定する権利は俺にしかない」
「……なるほど」
引き金を引くと、ターナーは崩れ落ちた。
「だったら、やっぱり私は神様ではない」
静かな寝息がターナーから漏れる。
マルリットが暇つぶしで改造した睡眠針が出る銃をナイフとは反対の足のホルダーにしまう。
「ごめんなさい。あなたをどうするか決めるのは、私ではないので」
アソラは逃げた最後の一人を迎えに行く。