02
仕事終わりの男たちが酒瓶片手に乾杯をしている。
忙しなく酒や料理を運ぶ店員の一人の腕を酔っぱらった客が掴む。
「ちょっとお客さん、仕事の途中だから離してちょうだい」
店員の吊り目がちな目がさらに吊り上がるが、客の男はそれに気が付かず「いいじゃねぇかよぉ」と笑いながら力をこめる。
「痛っ」
店員の女が顔を顰めると、男は首を傾げた。
「そんなに力入れてねぇよ?」
「バカヤロ、テメェみたいなゴリラが掴んだら痛いに決まってるだろ」
周りで吞んでいる男たちが野次を飛ばす。
「あぁ!? ゴリラってそりゃ褒め言葉かよ!?」
「ゴリラが褒め言葉かどうかなんてお前が決めろ」
騒いでいる間も手を離そうとしない男に女は痺れを切らした。
「離してくださいっ」
男の太い腕を片方の手で叩く。
ぺちんと控えめな音が響いた。
それを聞いた男たちは腹の底から笑い声を出した。
「そんなか弱い力じゃゴリラは止められねぇよ!」
「ははっ! 蚊でもいたかぁ!?」
馬鹿にされ女は酔ってもいないのに顔を真っ赤にした、そのとき、男の横から今まで静かに吞んでいた男が現れた。
「はいはい、そこまでにしておきましょうよ、おにいさん方」
人当たりのよさそうな笑みを浮かべた男は、騒ぐ酔っ払いたちに酒瓶を渡す。
「これ、差し上げますから、ね」
そう言い、男は手を離すように太い腕をぺちんと叩く。
「お、良い酒じゃねぇか! いいのか兄ちゃん?」
「どうぞどうぞ」
優しく微笑む男に酔っ払いたちは気を良くし、女のことなんかまるでいなかったかのようにすぐ忘れ、呑み始めた。
「あ、あの」
女が声をかけると、男は「ウィスキー一杯頂けますか」と優しく声をかけた。
「え、あ、はい! ただいまっ」
女は頬を染めて、厨房の方へ入って行った。
男は一人、座って料理を口にする。
「へぇ」
決して上品とは言えない酒場だったが料理は意外と繊細な味付けをしていた。
厨房に立っていたのは先程ゴリラと呼ばれていた客よりもゴリラのような男だったが、見た目で判断してはいけない。
食事をしていると目の前に客の女が座った。
「ねぇねぇ、お兄さん、カッコいいのに、なんで一人でご飯食べてるの?」
「ん? あぁ、ありがとう」
男が口角を上げると、女は赤かった頬が耳まで赤くなった。
「なんで一人かって言うと」
「お待たせしました、ウィスキーです」
男の続きを遮って先程の店員がウィスキーを持って来た。
男はその手を優しく掴み、微笑んだ。
「彼女のことを見に来たから、かな?」
その後、閉店間際まで男は酒を嗜む程度で料理を主に食した。
「ごちそうさまでした。大変美味しかったです」
お金を払うとゴリラ料理長が「むっ」と呟いた。
店を出ると、背後から誰かが走ってくる音が聞こえた。
「どうかされましたか?」
振り返ると、先程の店員がいた。
「あ、あのっ、助けてくださってありがとうございました! 宜しければお名前教えていただけませんか?」
男の目が細くなる。
「私は、エリオ・パナリアと申します」
女はうっとりとした表情を浮かべ、「フルールです」と言った。




