01
「……アソラ」
「はい、なんでしょう」
いつもとうって変わって正面にいるアソラと、背後に控えるトーマスにしか聞こえない声で、マリーはアソラを呼んだ。
顔を真っ赤にし、涙目なマリーは震える足で必死に立っている。
「マリー様、お辛いのなら早く車に乗ってください」
アソラがマリーの肩に手を添えて、車に乗せようとすると、マリーは「うぅ」と小さく唸った。
「ほら、アソラが困っているでしょう。行きましょう、マリー」
既に乗車して待っているベルベッドが声をかけたことで、マリーはさらに「うぅぅ」と唸る。
「元気になればすぐに帰ってこれるわ」
アソラが唸るマリーの額に手を当てると、冬にも関わらず火傷しそうなほど熱い。
マリーはあの雪の日から久々に体調を崩した。
三日三晩寝こみ、動くこともままならなかった。
心配した母であるベルベッドが自分の実家であり、この地域よりも南に位置し、暖かいキュリラス家に療養に行こうと提案した。父であるマルリットはそれを了承した。そこまではよかったのだが、ある条件によりマリーは怒り狂った。
「……なんで、アソラと離れなくちゃいけないの!」
アソラはジョーダン家に置いていけ、と彼は言った。
どうして、と反論する娘に父は「仕事があるからだよ」とだけ答え、そのまま屋敷を出て行った。
「嫌よ、私は行かないわ」
小さい子のように首を左右に振り、行くのを渋る。
トーマスとローザが困ったように視線を交わすのを見、アソラはマリーの前に跪いた。そしてその手を握る。
「大丈夫です。私はどこにも行きません」
アソラの黒い瞳がマリーを見つめる。
「マリー様が元気になって帰ってくることを待っています。元気になりましたら、マリー様が行きたいところへ一緒に行きましょう」
「……本当にどこにも行かない?」
「ええ」
信じることは疑うより難しい。
でも、マリーは小さく頷いた。
ふらついた足で車に乗るマリー。
「マリー様……に……から」
無理をしていたようでマリーは座った途端、ぐったりとベルベッドの肩にもたれかかった。何かを言っていたアソラの声も届かず、マリーは目を閉じ、深い眠りについた。
意識が沈んでいくとき、マリーはわがままでいようと決めたのに、とわがままを言わせてくれないこの体を恨んだ。




