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わがまま令嬢とその侍女  作者: たなぼた まち
温室管理人の追憶 番外編
77/120

07

 マルリットが来た日の夜、ステラはベルベッドの寝室に呼ばれた。

「お嬢様」

「遅くにごめんなさいね」

 少し疲れが滲んだ顔を無理矢理笑わせている姿にステラの心が痛んだ。

「その、今日のことなのだけれど」

「髪を梳いてもよろしいですか」

 突然の申し出にベルベッドは「えっ」と声を上げたが、「いいわよ」と頷き、いつもの席に腰をかけた。

 優しく、どの高級な糸よりも丁寧に梳く。

 ステラはこの行為が好きだった。

 美しい髪を触れる権利があるのは、所持者のベルベッドと自分だけ。そう思うと誇らしかった。

 しかし、今は胸が痛かった。

「ねぇ、ステラ」

「はい」

 五歳の時からずっと一緒にいて、ずっと見守って来たのだ。主人が何を言いたいのか分かっている。

 でもできることなら聞きたくなかった。

 この時間を永遠に続けたかった。

「私、マルリット様と結婚するわ」

 ステラの手が止まる。

 それが一番良いことだというのは分かっていた。マルリットにもベルベッドにも互いに利点がある。そしてベルベッドのやりたいことができ、ベルベッドが最も悲しまずにできる唯一の方法であることも分かっていた。

 それでも、この髪に触れる男が現れるのがつらかった。

 あの柔らかな笑みを浮かべ、あの甘ったるい声で愛の言葉を紡ぎ、男らしい角張った指でこの髪を撫でるのかと思うと、涙が出た。

「ステラ?」

 髪を梳く手が止まっていることに気づいたベルベッドがステラの名を呼ぶと、背中に温もりが伝わった。

 後ろからステラがベルベッドを抱き締めていた。

「うぅっ」

「ど、どうしたの、ステラ……」

 初めて見る侍女の姿にベルベッドが慌てる。

「ご、めんなさい。私、寂しくて、悲しくて」

 抱き締められている為、振り返ることも出来ず、ただステラの言葉を聞くことしかできないベルベッドは前を向いて静かにした。

「お嬢様との、この時間は私だけのもので、お嬢様のこの髪を触るのも私だけだと思っていたのに……!」

「……ステラ」

「でも、私じゃお嬢様をすべてから守ることができない……!」

 その言葉を発してステラは声をあげて泣いた。

 トナはステラがベルベッドを守っていると言ってくれた。それでも駄目なのだと、マルリットの会話を聞いて思った。

 自分はなんて無力なのだろう、と情けなくて悲しくて寂しくて泣いた。

 泣きじゃくり、落ち着いた頃にすんっと鼻をすすると、ベルベッドの匂いがステラを満たした。その細い首元に自分の唇を寄せる。

「……好きです。貴女が大好きです」

 腕に込める力が増す。

 その細い肩を力いっぱい抱き締める。

「だから貴女の幸せを願っています」

 腕が離され、ベルベッドの背中から温もりが消えた。

 ベルベッドは振り返ることができずに、固まっていた。それに気づいていないステラはベルベッドの髪を見て自嘲気味に笑った。

「神様からの贈り物が私の体液で汚れちゃった」

 涙や涎で汚れた髪をさらりと撫でると、ベルベッドが大きく揺れた。

「? お嬢様?」

 ステラが後ろからベルベッドを覗き込むと、顔を背けられてしまう。

 何事かと不思議に思っていると、ベルベッドの白く細い首と、小さな耳が真っ赤になっているのが見えた。

「ぅえっ!?」

 真っ赤になったステラがよく分からない言葉を叫ぶ。

 するとベルベッドが真っ赤な顔をステラに向けて叫んだ。

「ステラが悪いのよ! あんなこと言うから!」

「も、申し訳ございません!? って、ふはっ」

 涙目で真っ赤になって恥ずかしそうに照れるその姿を見たステラは大きく口を開けて笑った。

「んもぉぉ、何がおかしいのよ!」

 頬を膨らまし怒る主人を今度は正面から抱き締める。

「……大好きです、お嬢様」

 ステラの頬を涙が伝う。

「ええ、私も、ステラが大好き……ありがとう」

 二人して泣いて一夜を共にした。

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