05
そこには白銀の世界が広がっていた。
まだ誰の足跡もついていない、まっさらなままだ。
アソラは喜んでマリーが雪に飛び込むと思っていたが、当の本人は飛び込むどころか一歩も先へ進もうとしない。
「マリー様?」
不思議に思い尋ねると、マリーは眉を下げて、アソラを見た。
「これだけ綺麗だと、汚してしまうのがもったいなくて……」
やってみたかった気持ちより、どうやら躊躇が勝ってしまったらしい。
「ですが、どちらにしろあと少しでガラたちに汚されますよ」
アソラがそう言うと「……それも、そうね」とマリーは一歩右足を踏み出して、そして元の位置に戻った。
雪には小さな足跡が残る。
それを見たマリーはそこを指差し、アソラへ視線を向けた。
「アソラもこの隣に足跡つけてちょうだい」
それをして何になるか分からないがアソラは先程マリーがしたように、右足を踏み出して、元の位置に戻る。
その足跡を見て、マリーは「へぇ」と感嘆した。
「やっぱりアソラは私より足、大きいのね」
「それだけ背がありますからね」
「ふぅん」
マリーはアソラの手を引く。
そして広いところで倒れこんだ。
「ほら、アソラも」
マリーが空を見上げながら言う。
アソラは言われたまま、マリーと同じように倒れた。
二人して雪を背に空を見上げる。
「初めて雪に倒れこんだけれど、感想は?」
楽しげにマリーが尋ねる。
「背中が冷たいです」
思っていた感想が返ってきてマリーは「ふふっ」と口角を上げた。
「でも」
しかし侍女は言葉を途切れさせなかった。
「静かで、まるで世界に二人しかいないような、不思議な感じがします」
マリーがアソラの方を見ると、彼女は空を見上げていた。
「また降ってきましたね」
晴れていた空が重たい雲に覆われ、雪がぽつりぽつりと降って来る。
マリーも空を見上げ、アソラにも聞こえない程の声で呟いた。
「……このまま二人で溶けてしまいたい」
雪と一緒にアソラと溶けて、最期は同じ水になり、二人で大地へ還るのだ。
それが、したい。
その気持ちはきっと世間から見ればおかしいのだろう。
相手は女で、元軍人で、さらに不吉とされる見た目の持ち主だ。
それは、普通ではないと誰もが口を揃えて言うだろう。
しかし、マリーには誰かが唱える普通という言葉は通用しない。
彼女にとっての普通は、彼女の中で決められるものだからだ。世間が、いくらそれが普通ではないといえども、マリーにとってはそれが普通となる。
だからマリーがアソラのことを愛しているのは普通のこと。
彼女と共に生きていきたいと思うのも普通のこと。
なにひとつ間違ってはいないことだった。
「ねぇ、アソラ」
「はい、なんでしょう」
アソラがマリーを見ると、今まで見たことがない大人の女性の顔をしたマリーがいた。
「私、アソラが大好きよ」
わがままで、いいの。




