04
スープで体を温め、アソラに髪を梳かれ厚着をしたマリーは玄関を開け、白銀の世界に目を輝かせるつもりだった。しかし、白銀の世界は既に破壊されていた。
大きなスコップを持つガラとボアズ、そして数人の執事たちの手によって。
「ん? 今日は随分早起きですね」
マリーに気が付いたガラが「おはようございます」と挨拶をする。その声を聞いた他の執事たちも一礼をする。
「な、なにをしているの」
マリーは男たちの手により創り出された土混じりの雪山を見て、震えた。
「なにって、雪かきですが。さっさとどかさないと歩きにくくて邪魔でしょう。それにまた降る予定らしいので少しでも片しておかないと」
雪かきをして暑くなったのか、ガラはシャツの袖をたくし上げている。
ジョーダン家たちの執事侍女たちは仕事が早いと評判だ。
有能な者が揃い、マリーはなに不自由一つない生活を送って来た。
しかし、ここでその仕事の速さが裏目に出るとは思わなかった。
「で、マリー様は何しに来られたんです?」
ガラはしゃがみ込みマリーと視線を合わせる。
すると、マリーは思いっきり叫んだ。
「雪に飛び込んでみたかったのよ!!」
耳がキーンとなったガラは、自分たちが雪かきをする前を思い出した。
「あ、お前やってたよな」
ガラが突然後ろに立っていた執事に声をかけた。
マーガレットと同期の執事、キシュは急に声を掛けられ「へ!?」と叫んだ。
「雪にダイブ」
ガラにそう言われ、蚊の鳴くような声で「……はい」と言った。
恥ずかしさと怒られるのではという恐怖が彼の中で渦巻いているのか、複雑な表情を浮かべている。
「あなた、雪に飛び込んだの!?」
「ひっ、も、申し訳ございません! 昔からやってみたくって!」
キシュは完全に青ざめ、今にも地面に額をなすりつける勢いで頭を下げた。
「分かるわ! なんでアソラはやりたくならないの!?」
急に話を振られたアソラは「寒いので」と短く答えた。
「でもやったことはないのよね?」
アソラは首を縦に振る。
それを見たマリーは楽しそうに笑った。
「だったら一度はやってみましょう! もしかしたら楽しいかもしれないわ!」
「でも雪が無いのでは」
そう言うとマリーはうぅ、と言葉を詰まらせた。
見渡す限り、雪はもう無い。
国有数の資産家の娘が人様の前で雪に飛び込む姿を見せるわけにはいかないので、この敷地内でしか、それはできない。これだけ降るのをまた待つのかと思うと、マリーの心に雪がしんしんと降った。
すると小さな主の姿を見かねた庭師が、その近くに寄り添った。
「裏庭はまだ手付かずですよ、マリー様」
落ち込み項垂れるマリーは顔を上げた。
マリーと視線を合わせたボアズが小さく頷いた。
それを見たマリーの瞳に輝きが舞い戻る。
「アソラ! 行くわよ!」
途端に元気を取り戻したマリーは裏庭に向けて駆け出した。




