03
「こんばんは、エリー」
「こんばんは、先生」
エリーが毎晩通う先は、いつも雨漏りに悩まされる一部屋の学び舎。
今日も今日とて器があちこちに置かれている。
先生と呼ばれた男、ユーリスは困ったように頭をかいた。
「今朝の雨、凄かったね」
眠りにつこうとしたらポタポタと雫が落ちる音がした。
そこから段々その音は間隔を狭くし、最後は怒涛の勢いで落ちて来た。
エリーは布団という名の布を頭まで被り、この学び舎を思いつつ眠りについたのだ。
「雨漏りはいつものことなので、大丈夫です」
「屋根に板は打つんだけどねぇ」
ははは、と笑うユーリス。
エリーは知っていた。
彼がとても不器用だということを。
だからこそ、何度打ち付けても隙間が必ずある。
「誰かに頼んだ方がいいんじゃないですか」
ユーリスは「そ、そうだな」と呟く。
「別に先生の頼みなら、あの人も聞いてくれますよ」
エリーがそう言うといつも笑顔なユーリスの顔が、今にも泣きだしそうな子どものようになった。目元に皺ができるような歳なのに、いつまでも不器用な先生。
それはここに生きるすべての人間が当てはまる。
苦しんで足掻いて、それでも生きていく。
器用に人を騙して、人を踏みつける人間はここにはいない。
だから、エリーはここの場所が大好きだった。
「先生、今日もお願いします」
エリーは持ってきた鞄から古い教材を取り出す。
それは薬学の参考書だった。
「……ああ、今日も頑張ろうね」




