01
「アソラァァァッ」
今日も今日とて小さい主人がお気に入りの侍女の名を叫ぶ。
どこにいても聞こえるその声に、呼ばれた侍女は仕事の手を止め、主の元へ向かう。
エリーは割ったら一生かけても返済できない額の壺を磨きながら、「大変ねぇ」と呟いた。
「昔からあんな感じだったのか?」
たまたま通りかかったガラがエリーに尋ねる。
エリーは、大きな身体をしているのに足音一つ立てない男を見上げる。
「びっくりして壺割ったらガラがお金払ってねぇ」
ガラは不思議そうに首を傾げる。
「お前がびっくりすることなんかあるのか?」
「あるに決まってるでしょぉ。私を何だと思ってるのぉ」
エリーは磨き終えた壺を見て、「完璧ぃ」と満足げに頷いた。
「で、マリー様は昔からアソラにべったりだったよぉ。あ、でも……あんな目をし出したのは六歳頃からだったかな」
「すまんが、後半なんと言った?」
ガラは背が高い為、自分より小柄な人の声が聞こえにくいときがある。増してや自分の方を見上げてなければ尚更聞き取りづらい。エリーに謝罪し、聞き直すがエリーは「何にも言ってないけどぉ」と言った。
ガラは納得いかない顔をしていたが、深く追求することは無かった。
なぜなら目の前をハロルドが通ったからだ。
「ハロ、じゃなかった……執事長!」
目を輝かせ、駆けて行く姿はまるで忠犬のようだ。
エリーはハロルドとガラに背を向けて歩き出す。
ふと外から声が聞こえた。
「アソラッ」
窓の外を見ると、そこには先程までお気に入りの侍女を呼んでいた小さい主の姿が見えた。侍女の腕に自分の腕を絡ませ、侍女の腕に自分の頬を寄せていた。
十一年前、エリーが初めて見たときの目と違う。
アソラと出会ってからマリーの目は変わった。
「ちっ」
エリーが小さく舌打ちする。
その目を見ると否が応でも思い出す。
あのときの女を。




