07
疲れ果てたのかマリーは早々に眠りについた。
幼き主人の穏やかな顔を見て、アソラは小さく笑う。
そして部屋を出て、向かった先は事務室だった。
ノックをすると中から「どうぞ」と返答がある。
「失礼します」
室内に入ると執事長のハロルドは定位置に座り、アソラを見て早々に口を開いた。
「どうだった」
「デューラの話によりますと、アンリ様の執事であるクゥロが屋敷をうろついていたそうです」
ただ本当に迷子になっていた可能性もあるが、ハロルドからあの話を聞いた以上、何事も疑ってかからなくてはならなかった。小さな情報一つでも、漏らすことなく報告する。
「ボアズからも連絡が来た。屋敷周りをうろつく者が何人かいたと」
二人は彼らのこの行為が下見であることを察していた。
「ふっ、堂々と屋敷を調べてくれるじゃないか」
ハロルドの口角が珍しく上がる。
ガラがこの部屋にいたら、その冷ややかな笑みに「かっこいいです!!」と叫んでいたことだろう。
「前回はマリー様の拉致が目的でした。次もそれが目的になるでしょうか」
「いや、違うな」
ハロルドは即答した。
「何故そう言い切れますか?」
「此度のアード勲章の受章者が旦那様に決まったからだ」
アード勲章とはタントッラ王国で十年に一度、国で最も功績を残した人物に送られる勲章である。それに選ばれた者は莫大な賞金と、十年という期間だけだが、国で王家に次ぐ権威を得る。ジョーダン家は先代であるマルリットの父親が一度アード勲章に選ばれた。そしてその賞金を足掛かりに彼は己の事業を拡大し、息子に譲った。
「あの事件の際はまだ受章者が決まっていなかった。だからマリー様を拉致し、もし受章が決まったとしてもおりるよう、脅しの材料としたかったのだろう」
資産家の娘というだけで利用価値は山のようにあった。
「しかし今はもう旦那様で決まったから、そうなると」
「ああ」
鋭い眼光がアソラを貫く。
「授章式を迎える前に受章者が仮に殺害でもされ、いなくなれば、それは次の受章者候補に受け継がれる」
アソラは静かにハロルドの言葉を待った。
「次の受章者、スティーブン・オーランツに」
その言葉を受け、アソラはあの日ハロルドに言われた言葉を思い出した。
『で、彼らの雇い主だが、我々もよく知っている、スティーブン・オーランツだ』
六章完。




