06
「こんのわがまま令嬢が!」
「はぁぁ!? あんたに言われたくはないわよ! このわがまま子息が!」
二人のもとへ戻ると、遠くからでもわかる怒号が飛び交っていた。
二人の姿を見てクゥロは苦笑していた。
「なにかあったのですか」
アソラが尋ねるとクゥロは「いえ……」と言葉を濁しながらも事の経緯を説明してくれた。それを聞いたアソラは犬も食わない喧嘩の原因を思い、止めずに放置することに決め、クゥロに話しかけた。
「先程お手洗いには、迷わずに行かれましたか?」
「ええ、なんとか。ありがとうございました」
花が咲くような優しい笑顔とお礼が返って来た。
その優しげな雰囲気を身に纏う彼はどこから見ても好青年だった。
「アソラさんは、ここにはどれくらいお勤めですか?」
「ここに来たのは十年前です」
「それより前は何を?」
「ただ、普通に働いていました」
嘘をついた。
アソラが嘘をつくことは滅多にない。そして例えついたとしても、乏しい表情のせいで嘘だと見抜かれない。
マリーと、真実を知るもの以外には見抜かれることはないのだ。
「そうなんですね。私も働いていました。全然面白くもなんともない、ただ仕方がなくやっているだけの仕事でしたけど」
懐かしむように彼は目を細める。
「親友と一緒に働いていたんです」
二人で罵り合いながらも、どこか楽しそうな主人をクゥロが見つめる。
「だから、どんなに辛いことでも二人で乗り越えることができました」
「そう、ですか」
その視線に気づいたのかアンリがクゥロを見た。
しかし彼は何を言うもなく、またマリーの方へ顔を逸らした。
「あぁ、とても楽しかったな……」
その言葉はアソラに対して放たれた言葉ではなく、その頃を思い出してただ自然に言葉が漏れたようだった。
それからしばらくして、オーランツ家は屋敷を出た。
 




