01
雲一つない、晴れたある日。
外では子どもたちが走り回り、元気な声を響かせている。
「ゲホッ、ゴホッ」
絶好の散歩日和にマリーは自室の天井を見上げ、こみ上げる咳で泣いていた。
三歳のマリーは一日の大半をベッドの上で過ごしていた。
マリー以外誰もいない部屋で、今日もまたベッドの上で過ごしている。
当時母親であるベルベッドは父親であるマルリットに仕事を任され、屋敷を空けていることが多かった。その為、マリーを見舞うのは侍女長のローザしかいなかった。しかし彼女もまた多忙である身、付きっきりでマリーを診ていることはなかった。
独りぼっちのこの広い部屋がよりマリーを孤独にさせた。
「コホッ」
咳一つが部屋に響いた直後、部屋の扉を誰かがノックする。
ローザだろうか、と思っていたマリーに予期せぬ声が聞こえた。
「マリー、体調はどうだい?」
入って来たのは父親のマルリットだった。彼がこの屋敷に帰ってくるのは約一か月ぶりだった。
「お、父様」
起き上がろうとする顔を真っ赤にした娘を、父親は手で制し、体を横にしているマリーの近くに来る。
「マリー、今日は君に新しい侍女を紹介しに来たんだ」
マルリットが誰かを招く。
視線だけを動かし、マルリットの隣に立つ新しい侍女を見たマリーは「黒い」と呟いた。
「ん? あぁ、そうだね。でも大丈夫だ、彼女はマリーに害なすことはない」
深い闇のような目がマリーを見下ろす。
読み取れないその表情がマリーに人形を彷彿とさせた。
「彼女はアソラだ」
アソラは何も言わずに、少しだけ頭を下げた。
「あまり多くを語ることはないが、優しい人だよ」
マリーはアソラの第一印象に優しさを感じることはできず、理解しがたいとマルリットに目で訴えると、彼は優しく微笑んだ。
「マルリット様、もうお時間です」
ハロルドがマリーの部屋の外からマルリットに声をかける。
マルリットは腕時計を確認し「もう、こんな時間か」と言う。
「じゃぁ、もう行くね。アソラ、あとは頼んだよ」
マリーとアソラに声をかけ、マルリットは急ぎ足で部屋を出て行った。
残されたマリーとアソラ。
「ゲホッ」
咳に苦しむマリーをアソラはただ見下ろしている。
何か言いたいところだが、喋る元気もないマリーは、重たい瞼を閉じた。
そして深く沈むように意識が遠のいた。




