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外を見て動かないアソラの姿を見ているマリーは胸が苦しくなった。
今日のあの目は、マリーではない何か別のものを見ていた。
たまにアソラはその目をする。
どうしたのかと尋ねても、何でもないと答える。本人さえも忘れてしまっていたアソラに根付いた古い記憶。それがたまに蘇るのだろう。
そして今日はマヒルという存在がいた。
アソラが接近した唯一の黒い髪の人間。
きっと彼女とアソラのルーツは同じところだと思った。
もう存在しない小さな国。
百五十年前にタントッラ王国に攻め込み、王国を蹂躙したのち敗北した国。
彼らはその後も細々とかの国で生きていた。そして先の戦争で完全に地図から名を消した国。
それがアソラの祖先が生きた国。
「故郷か」
マリーは部屋へ戻った。
懐かしむ顔をしたアソラを見るのはつらかった。
アソラは今のマリーの年齢のときは既に軍人だったと言っていたが、実際に何歳から軍人として生きてきたのか聞いたことがなかった。何年の間、彼女は故郷と呼べる場所で暮らしていたのだろう。幸せなときを過ごしてきたのだろう。
もし、かの地に帰りたいと思ったら、とマリーはベッドに倒れこみ天を仰いだ。
「部屋に、縛り付けてしまおうかしら……」
目を閉じる。
暗闇の中で浮かんでくるのは今よりももっと表情が乏しく、血と火薬の匂いがしたアソラの姿。そんな彼女と初めて会ったのはマリーが三歳のときだった。
四章完。
 




