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マフィリーたちは数日この屋敷に泊まる。
そしてまた各国へ飛び立つ。
彼らが寝静まった頃、アソラは裏に生える桜の木を廊下から眺めていた。
あの木がやって来たときのことを思い出す。
確か、ここに勤めて三年目の頃。
マリーが六歳の時に、彼女が急に桜の花が見たいと駄々をこねだした。
どうしてそんなことを急に言い出したのか分からない。そもそも桜の花とはなんだ、とマルリットが尋ねると、彼女はピンクの花としか言わなかった。そこでボアズが呼ばれて、裏に植えることにした。
大木が裏に植えられると、マリーはいつ咲くのか、まだ咲かないのか、明日には咲くか、とボアズに毎日詰め寄っていた。そして春を待て、と彼に言われ、春を待った。
ある日、まだ太陽が昇りきっていない時間に、マリーが侍女部屋の戸を開け、飛び込んできた。
「見て! アソラ! 蕾がついたわ!」
寝ぼけ眼のまま連れて行かれると小さな蕾がいっぱい付いていた。
「これが咲くのね! 楽しみね!」
マリーが笑うとマリーの奥から朝日が差し込み、アソラは目を細めた。
朝日が蕾を見上げるマリーを照らす。
朝日に反射する髪と、煌めく瞳がとても眩しかった。
「綺麗」
そう言うと、マリーは首を傾げた。
「まだ花は咲いてないわよ?」
それから桜が開花した日は凄かった。
一日中桜の下にいて動こうとしなかったので、体を冷やさないようにローザが外と屋敷を行ったり来たりしていた。
「アソラ、アソラ」
「はい」
「綺麗でしょう」
アソラの膝を枕にして満足そうに微笑むマリー。
はらりはらりと花びらが舞い、その頬に落ちる。
「ええ、とても綺麗ですね」
指で花びらを摘まむと彼女は頬を染めた。




