09
「……どうしたの?」
マリーが鋭い目でアソラを見る。
「いえ……なんでもありません」
少し青ざめたアソラの肩に手が添えられた。
「アソラさん、締め付け苦しいですか? そろそろ着替えましょう」
手を添えたのは、マヒルだった。
アソラは小さく頷いて、マヒルと共に更衣室へ向かった。
しゅる、と帯が床に落ちる。
「ふぅ」
締め付けが無くなり、大きく息が吸える。
マリーもたまにコルセットをつける服を着ているが、苦しくないのだろうか、と思考していると膝をついたマヒルがアソラを見上げた。
「アソラさんは、桜、ご存じですか?」
この屋敷の裏にも咲いているのでアソラは頷いた。
「私、桜が好きなんです……アソラさんもお好きですか?」
マヒルはアソラの返事を待たず、着物を綺麗に畳みながら口を動かす。
「昔、桜の木がいっぱい生えている国に住んでいて」
マヒルの髪に少し白髪が混じっていることにアソラは気づいた。
若く見えるがアソラよりもずっと年上なのかもしれない。
「そこの国の人はみんな桜が好きでした」
懐かしむような声だった。
「だから、あなたも好きかなって」
アソラから簪が抜かれる。
長い髪の毛がはらりと舞い落ち、それを掬い上げ団子に纏めながらアソラは聞いた。
「帰らないのですか?」
彼女はもう存在しないと言った。
それでも、その土地はまだあるはずだ。
しかしマヒルは首を左右に振った。
「帰らない―――というより行かないかな」
彼女は綺麗に笑った。
「愛すべき人が待っていてくれる場所、それが私の帰る場所ですから」
 




