08
「はい、どうされましたか、マリー様」
するりとロイドから抜け出したアソラがマリーの前に跪こうとしたが、着物を床につけるわけにはいかず中腰になった。
「アソラ」
「はい」
「とっても綺麗よ」
そう言い、アソラの胸元にマリーは顔を埋める。
そして、アソラの背中に回した手でロイド以外に見られないように中指を立てた。
「クッソガキ」
誰にも聞こえないようにロイドは呟いた。
「ねぇ、お父様。アソラが着ているもの一式買ってちょうだい」
アソラから離れたマリーは今度父親のもとへ歩み寄った。
マルリットは「いいよ」と快諾する。
「旦那様、よろしいのですか?」
「あぁ、いいよ。とても似合っているからね」
喜ぶ娘の姿を見たあと、アソラを見る。
「この服は着物だったかな」
「はい」
その問いに答えたのはマヒルだった。
マルリットの視線がマヒルに移る。
「これはどこの国の服なのかな」
マヒルは口を開かない。
「どうしてこれを他の誰でもない、アソラに着せたのかな」
マヒルはマルリットを見る。
「これは東の」
「遠い小さな国の遺産です」
マルリットの声を遮り、マヒルは静かに微笑んだ。
「もう存在しない、小さな小さな国が作った素晴らしき遺産です」
小さな国。
その言葉を聞いたアソラの頭の中では遠い昔の記憶が溢れ出した。
『アソラ、眠いの?』
懐かしい声が上から聞こえた。
背中に優しい温もりが伝わり、その温かさの中でまどろんでいた幼いアソラは小さく頷いた。
『桜が見たいって言ったのはアソラなのに』
仕方がない子ね、と呆れた様子で言っているが、その声には愛が溢れていた。
『今年も綺麗に咲いたね』
寝ぼけ眼で見上げるとピンク色の桜がアソラを見下ろしていた。
『来年は、どうだろう』
なにが、と尋ねたかったがもう口が思うように動かない。
『あれ、寝ちゃった?』
目を瞑るアソラの頬を優しい手のひらが撫でる。
『できることなら、また一緒に桜が見たいね』
優しい悲しい声が徐々に遠ざかっていく。
『それができなくても、アソラにとって桜がだい……』
その先はなんと言ったのだろう。
あの日、アソラは深い眠りについて続きを聞くことができなかった。
「アソラッ」
袖を凄い力で引っ張られ、アソラは体を大きく震わせた。
 




