02
「マリー様?」
壺で視界を塞がれているアソラは、返答のない主人を見る為に体の向きを変えた。
アソラがマリーを見ると、マリーは聖母のような優しい笑みを浮かべていた。
「忙しいのに呼んでごめんなさい、アソラ。お仕事頑張ってね」
いつもなら喚き散らすマリーのその素直さに面食らったが、猫の手を借りたいほど忙しいのは事実だったので、アソラは一礼をし、その好意に甘えることにした。
明日、いっぱいわがままを聞いてあげよう、と心に誓い、アソラは去っていく。
「はぁぁぁぁぁ」
聖母のような笑みは消え去り、青筋を立てた鬼のような顔をし、怒気を巻き散らすように大きく息を吐き出す。
「おや、天使のような麗しいお顔が残念なことになっているね」
横から声をかけられ、人を殺す勢いの目でその男を睨み上げる。
「今、私は機嫌が悪いの。痛い目みたくなければ、どっか行ってちょうだい。ロイド」
執事のロイドは楽しそうに口角を上げた。
その顔は、数多の女性を惹きつける美しさを持っていたがマリーには何も効果がない。寧ろ、マリーはロイドを嫌っていた。
「おや、お嬢様はご機嫌が斜めのようだ」
舌打ちをし、マリーはロイドを無視し歩き出そうとするが、ロイドはそれを許さなかった。
「どうして、あんな醜いものを傍に置くんだい?」
背を向けたままロイドに尋ねる。
「醜いものとは誰のことかしら? アソラのことを言っているわけじゃないわよね?」
震える声は明らかに怒気を含んでいる。しかし、ロイドはそれがどうしたと言わんばかりに答える。
「そうだよ、アソラのことさ」
マリーは振り返りロイドに近づく。
「あなた、よっぽど死にたいのね。今がお昼で、ここが屋敷でよかったわね」
ロイドの革靴を自分の尖ったヒールで踏みつける。
力強く踏みつけられ、常人ならば痛みで顔を顰めるがロイドは眉一つ動かさず、美しい顔をして楽しそうに笑っている。
「僕はただ綺麗なものが好きなだけだよ」
マリーの小さな顎に指を滑らす。
「だから、美しいものに醜いものが近づくのが嫌なだけなんだ」
桃色の変わった色の瞳がマリーを映す。
その瞳に映った自分を見たマリーは足を浮かせて、ロイドから離れた。
「あなた、残念ね」
ロイドは初めて楽しそうにしていた表情を崩した。
「なにがだい?」
その顔を見て、マリーは天使のように笑った。
「アソラの美しさが分からないなんて」




