01
「アソラァァッ」
今日も今日とてこの屋敷の令嬢マリーの声が響く。
「マリー様、どうされましたか」
珍しく小走りしてきたアソラの姿を見て、マリーは眉をひそめた。
「……アソラ、それはなに?」
「これですか? フィラッツ王朝のときに作られた壺ですね」
恐らく首を傾げているのだろうが、アソラが持っている巨大な壺に遮られてマリーからはその姿を見ることができない。
その返答を聞いたマリーは「そんなことは分かっているわよ!」と地団駄を踏んだ。
「私が言いたいのは、私が呼んでいるのにどうしてそんな物を持って来たのかということよ!」
「これを客室に持っていく際に呼ばれましたので」
アソラが壺を持ち移動している最中にマリーの声が聞こえた。割ったら一生をかけても返済できないその壺を、その辺に置いておくわけにもいかないので、アソラはそのまま持ってマリーの元へ来たのだ。
「あの、マリー様」
「何よ?」
機嫌が明らかに悪いマリーにアソラは火を注いだ。
「大変申し訳ないのですが、もう行ってもよろしいでしょうか? 今日は少々忙しくて……」
マリーは雷に撃たれた気がした。
アソラはマリーが大した用事が無いのに呼んだことを察している。しかし、こうも露骨に蔑ろにされるのは初めてだった。
通りかかった執事がマリーの顔を見て、悲鳴を上げて逃げて行った。
小刻みに震えるマリーは、父親であるマルリットに昨夜言われた言葉を思い出した。
「明日はマフィリーが来るから、アソラは業務に追われるだろう。邪魔しないようにね」
マフィリーとはマルリットの弟であり、マリーの叔父にあたる人物だ。
貿易商を営んでおり、定期的に国外から仕入れた珍しいものをジョーダン家へ売りに来る。その日は朝から、いや前日の夜から執事侍女たちは大慌てでマフィリーを迎える支度をする。
マフィリーが来る日、それが今日だった。
 




