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「アソラァァッ」
声を出してもなかなかアソラが来ない。
「アソラァァァァァッ」
しばらくすると珍しく小走りでアソラがやって来た。
「申し訳ございません。遅れました」
「アソラ、最近来るのが遅いわよ」
頬を膨らませて、アソラを睨むと、本人も自覚しているのか申し訳なさそうに頭を下げた。
理由は分かっている。
マーガレットだ。
あの事件以降、マーガレットはアソラに懐き、困ったことがあるとローザではなくアソラを頼るようになった。
「あの新人の侍女、確かマーガレットだっけ? アソラに懐いているみたいね」
分かっているがつい試すような発言をする。
しかしアソラは嫌味で言われたとは思わず、少し嬉しそうに答えた。
「ええ、まさかあのように接してもらえるとは思っていなくて、ちょっと新鮮です。初めて本当の後輩ができた気持ちです」
後輩といえばガラも後輩だが、アソラの中では論外だった。
その嬉しそうな顔を見てしまうと、マーガレットに何も出来なくなってしまう。
マリーは質問を間違えた、と思った。
「あ、そうだマリー様こちらを」
アソラは手にしていた袋から缶を取り出した。
「これは?」
「マリー様がお好きな洋菓子店アントワネットの新作の焼き菓子だそうです。ストックが少なくっていたので買い出しに行って参りました」
マリーは、あの日アソラが外に出ていた理由を知らなかった。
アソラは自分の為に、自由時間の隙間を縫って買い物に出ていたのだ。
マリーはアソラの袖を掴んで聞いた。
「食べてもいい?」
「ええ。その為に買ってきましたので。お茶を淹れましょう」
マリーとアソラは近くのテラスへ移動した。
「ん~美味しいわ!」
目を輝かせて頬張っているとアソラは「それはよかったです」と言った。
「今度は私も一緒に行くわ」
「そうですね、お天気の良い日に一緒に行きましょうか」
アソラは約束を破ったりしない。
だからこうして一つ約束を交わすことがとても嬉しく思う。
「早くマーガレットも独り立ちできるといいわね」
笑顔でそう言うと、アソラは「そうですね」と答えた。
マーガレットという後輩がいたとしても、アソラはマリーを優先する。
マリーの為に行動する。
でも一分一秒でも早くアソラが来てほしいから、マリーは彼女がさっさと仕事ができるようになることを望んだ。
「ハロルド、新人たちをあと三日で使えるようになさい」
わがまま令嬢に振り回されるのはアソラだけではない。
三章完




