08
「殺してやる、殺してやる、あの女、絶対絶対絶対」
鼻血で顔面を汚した男と投げ飛ばされた男は路地裏を行く。
「とりあえず落ち着け。気味が悪いぞお前」
狂ったように同じことを繰り返す腐れ縁の友に悪態をつく。しかしそれも聞こえてないようで、返事はない。
「絶対殺す、絶対絶対、殺す。許さねぇ」
「ねぇ、誰を殺すの?」
路地裏にふさわしくない可愛らしい声が聞こえた。
男二人が振り返るとそこにはローブで顔を隠した少女がいた。
「ねぇ、誰を殺すの?」
再度問われて、気が狂った男は「メイドだ」と答えた。
「メイド?」
「そうだ、この近くの屋敷のメイドだろ。俺を殴りやがって、絶対許さねぇ」
男が握り締めた拳から血が流れる。
「ふぅん、どうやって殺すの?」
「あ? とりあえず見つけたら拉致って誰も来ないとこで、ゆっくりゆっくり痛みつけて、泣いて許しを請うまで痛みつけて、そして殺してやる」
「ふぅん、具体的にはどうやって?」
投げ飛ばされた男は、嫌な汗が背中を伝うのを感じた。
目の前に立つのはただの少女だ。
それは間違いないのに、どうしようもない嫌な気持ちになる。
早くこの場を立ち去りたい。
ここに、いられない。
「おい、行こうぜ!」
連れに声をかけるが、そいつはその声も聞こえないのか、どうやって殺すのかという問いに律義に答えている。それしか頭に無いようだ。
最後まで聞いた少女は、視線を移した。
「ねぇ、あなた」
「っ」
少女の綺麗な唇が見えた。
「逃げたければ逃げても、いいのよ?」
その綺麗な唇はにっこりと吊り上がった。
その瞬間、走り出した。
連れと少女に背を向けて。
途中ゴミ箱や何かに突っ込んだ。
それも気にせず、息が切れるまで、足が鉛のように重くなるまで、己の限界の限り走り抜けた。




