02
新しい使用人たちが入って一週間経った。
彼らはローザやハロルドのもと指導を受け、広い屋敷を迷子になりながら働いていた。
その間、アソラは彼らにあえて近づかず接していた。
「ねぇ、アソラ」
マリーはマロンタルトにフォークを指しながら、アソラを呼ぶ。
「はい」
横に立つアソラは空のカップに紅茶を注ぐ。
「私はアソラの髪の色大好きだから染めたりしたら怒るわよ」
「大丈夫です。もう昔のように癇癪を起されては困りますので」
「昔のことよ。忘れなさい」
一時期髪染めが屋敷の使用人たちの間で流行したときがあった。
その際にエリーがアソラも染めてはどうかと勧めてきた。それが、黒い髪を気にしての配慮なのか、はたまたただ皆がやっているからやったらどうか、という意味なのかは分からない。そのとき、それもいいかも、と思ったアソラは念のためにマリーに相談した。
するとマリーは持っていたカップの取っ手を折った。
いくら細い取っ手といえども陶器の物を指で折った。
アソラはそのとき初めて目の前で起きたことに理解が出来ず、目を丸くした。
その貴重な表情にそのときのマリーは気が付かず、「なんですって?」と小さく呟いた。アソラが珍しく言葉に詰まっていると、マリーは立ち上がり目の前のテーブルをひっくり返した。
テーブルの上に乗っていた茶器や菓子が床に落ち、悲惨な音が響いた。それに覆いかぶさるように侍女たちの悲鳴も響いた。
「マ、マリー様……?」
小さい体が小刻みに震えている。
「髪を染める? その綺麗な髪を一体何色にするっていうの? それ以上にアソラが一番美しく見える色なんてあるわけないじゃない!!」
美しい装飾が施された靴が、これまた綺麗に装飾されたカップを踏みつける。
パリンッと悲鳴にも近い音が聞こえる。
パリンッパリンッと地団駄を踏むマリーを後ろから羽交い絞めにして、アソラは叫んだ。
「私は染めたりはしません!」
その声を聞いたマリーがアソラを見上げた。
「本当?」
宝石のような瞳が黒い髪をしたアソラを映す。
「ええ、本当です」
その言葉を聞いたマリーは満足げに笑った。
その後、この部屋の惨状を見たローザは倒れた。




