06
庭へたどり着くと、庭師のボアズが木を剪定している姿が見えた。
少し丸みを帯びた背中へ向かっていくと、ボアズは振り返りもせずに「やぁ、アソラ、どうしたんだい?」とアソラに声をかけてきた。
「執事長からの連絡事項です」
剪定鋏を動かす手を止め、ボアズは乗っていた脚立からアソラを見下ろした。
「なにかあったのかね?」
孫を見るような優しい眼差しと声色に、アソラはいつまで経っても気恥ずかしさを感じる。
ボアズにハロルドの話を伝えると、ボアズは「そうか」と言い、周りを見渡し始めた。
「各々注意か、執事長もなかなか人任せだな」
同じように辺りを見渡すアソラに見えるのは数台のカメラ。
木や花壇に小型なカメラが設置されている。しかしこれは実際の四分の一にも満たない。アソラでさえも気づかないカメラがこの庭には山のように設置されている。それを管理するのがこの庭師のボアズだ。
「死角はすべて埋めているから、これ以上増やしたところでっていうのはあるな」
「執事長は注意するようにとだけなので、絶対何かをしろという感じではありませんでした」
そう言われてもボアズは「むむぅ」と唸り声をあげる。
何もしないのは不服だそうだ。
そして、何かを閃いたのか手を叩く。
「そうだ。あれを試してみようか」
「あれ?」
「あぁ、試してみたい秘密兵器があるんだよ。ふふっ、なにかは秘密だがな」
その楽しそうな顔は、老人ではなく小さな子どものようだった。
キラキラと輝くその顔を見て、アソラはマリーを思い出した。
いつまで経っても楽しいという気持ちは大事だということを教えてくれるアソラの主人。
「あ、そうだ、アソラ」
ボアズは思い出したように、アソラに声をかける。
「なにか?」
「次の春には屋敷裏の桜がとても艶やかに咲く予定なんだ」
「……本当ですか?」
「あぁ、本当だとも。アソラは桜が好きだろう? きっと喜ぶと思って伝えたかったんだ」
ボアズは、アソラが桜が咲くと木の下にいる姿をよく見ていた。
だから桜が好きなのだろうとそう思い、伝えると、滅多に興味を示すことがない彼女が反応したことでそれは確信に変わった。
「それは、楽しみです。なにかいい肥料でも与えたのですか?」
アソラがそう聞くとボアズは「あぁ、そうだね」と静かに笑った。
正確に言えば与えたのは私ではないのだがね、という言葉を飲み込んで。
 




