03
ノックをすると扉の向こうから「どうぞ」と声があったので、アソラは扉を開けた。
「失礼します」
正面のデスクに座っているのは執事長のハロルドである。
白髪と白髭からそれなりの年齢だと思うのだが、その鋭い眼光により老いを感じさせない。そして座っていても分かる姿勢の良さが彼をさらに若々しく見せる。
「先日君が捕えた賊の件だが」
呼ばれた理由は想像ついていたのでアソラはハロルドの前で表情を変えず立っている。
「どうやらマリー様の拉致が目的のようだ」
彼らがマリーの部屋に向かっていたので、だいたい想像通りだったアソラは表情を変えずに立っている。
「で、彼らの雇い主だが―――」
その名を聞いたアソラの表情がこの部屋に入って初めて変わった。
少し眉間に皺が寄った程度だったが、ハロルドはそれだけで十分アソラがこの名前の意味を理解したことが分かった。
「それは、少々厄介ですね」
スクールに通うのを週一日で許した理由はマリーのわがままもあったが、本当はマリーの危険を減らすことからだった。
マリーは国有数の資産家の娘である。
それ故、幼い頃からその身を狙われることが多くあった。
「まぁ、スクールの方にも何人か護衛を紛れ込ませているので大丈夫だとは思うが、念には念を入れるつもりだ」
「屋敷の方の強化も致しますか?」
アソラが尋ねるとハロルドが「ふむ」と立ち上がった。
アソラがハロルドと視線を合わせようとすると、顔を結構上に向けないといけない。決してアソラが低いわけではない。ハロルドが高すぎるのだ。
鋭い視線が上から降ってくる。
新入りの一般執事だったら恐怖で後ずさるところだが、アソラは微動だにせず、続きの言葉を待つ。
「各々注意するように伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
アソラが即座に了承するとハロルドが再度「ふむ」と呟き、問いかけた。
「それだけの指示で良いと思うか?」
その問いにもアソラは即座に答えた。
「執事長がそれで良いと思うのなら、それで良いということでしょう」
その言葉を聞いたハロルドの口角が上がる。
「ふむ、そうか」
珍しく楽しそうな表情を見たアソラは目を丸くした。
「ん? 君がそんな顔をするなんて珍しいな」
「それは……いえ、なんでもありません」
こちらの台詞だ、という言葉を飲み込んで、アソラは「それでは各々に報告してきます」と頭を下げ、事務室から退室した。




