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どれだけ走ったのか。
ずっと走っているのに出口につかない。
屋敷の中に甘い香りが漂っていて、その匂いのせいで吐き気を催してきたとき、ショーンは足がもつれて盛大に床に顔面をぶつけた。
「痛っ」
その瞬間、ようやく出口が見えた。
「やった!」
急いで体勢を立て直して立ち上がろうとすると、足を掴まれた。
「ひっ」
振り返ると、この屋敷の侍女のアソラがショーンの右足を掴んでいた。
引っ張っても強い力で抑え込まれて引き離すことができない。
静かな瞳がショーンを見た。
その黒い瞳を見て、ショーンは自分の祖母の言葉を思い出した。
『黒い髪に黒い目をした人間には近づいてはならんよ』
『どうして?』
幼きショーンが尋ねる。
『その一族は遥か昔、とても強い力を持っているが故にすべてを欲したんだ。土地、人、金、すべてだ。そしてその強欲さが仇となり、激しい戦いの末滅んだ。でもまだ欲深い恐ろしく愚かな一族の末裔は生きている。ショーン、悪魔の一族には近づいてはならん。近づいてしまえば、すべてを持っていかれる』
『僕の、すべて?』
『ああ、そうさ。お前の命を持っていかれるぞ』
その日の夜、真っ黒な悪魔が心臓をショーンの体から取り出し、尖った鋭い牙で噛み千切ったことで大量の血を浴びる夢を見た。
ショーンはその恐怖を思い出し気絶した。
「ん?」
完全に体から力が抜けたことに気が付いたアソラは首を傾げた。
「エリーの毒に気絶効果なんかあったっけ?」
甘ったるい匂いが通路に充満している。
これは同じ屋敷で働く侍女エリーが調合した幻覚剤の香りで、この香りを嗅いだものは自分が望まない幻覚を見ることになっている。アソラは毒などに耐性があるので、マスク無しでも幻覚を見ることは無い。
不思議に思ったが、とりあえず四人全員確保したアソラは上司であるこの屋敷の主人、マルリットに報告に行くのであった。




