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最近、婚約者の様子がおかしい〜心当たりしかありません〜

作者: 山野ねずみ

 春の昼下がり、私は婚約者のジェイド様とうちの庭園でお茶をしていた。

 男爵家ではあるけど、庭園はそこそこの広さで見栄えも良く、美しく整えられている。


「メラニー、この紅茶は以前僕がもう一度飲みたいと言った物ですね。ありがとうございます」

「そう言っていただけて、良かったです」


 私はにっこりと笑う。ジェイド様は一瞬止まって、ぎこちない笑顔を返した。


「ええっと、このタルトも美味しいです。オレンジの酸味が紅茶に合います」

「このオレンジのタルトは領地で収穫した物をジャムにしています。ジェイド様に召し上がっていただこうと、私も少しお手伝いしました。お口に合って、とても嬉しいです」


 私はまたにっこりと笑う。ジェイド様はしばらく固まった後、じっと私を見てきた。


「どうされましたか」


 なんとなく理由は分かるけど、気付かないふりをして聞いてみた。

 ジェイド様は真剣な顔をして私に聞いた。


「僕と初めて会った日のことを覚えていますか」

「ええ、伯爵邸のお庭でしたね。秋なのに風が強く寒い日でした。風で飛んだ私のストールを、ジェイド様が拾ってくださいました」


 私とジェイド様は、男爵と伯爵と言う身分の違いがある。それでも父同士の仲の良さから、その日婚約した。私が9歳、ジェイド様が10歳の時だ。

 濃い金髪に透き通る緑の瞳の美少年は、7年経った今美青年になっている。黒髪に茶色い瞳で並の顔をした私とは、身分も外見も釣り合わない。それでも婚約が続いているのは、ひとえにジェイド様の優しさだろう。ジェイド様に好きな人でも出来たら、婚約は解消になると思っている。


「僕も良く覚えています。目も合わせず、風音で消えそうな程の小さな声でお礼を言われました」

「礼儀がなっておらず、申し訳ございません」


 おかしい。いや最近ずっとジェイド様はおかしいけど、これは特におかしい。いつも優しい彼の言葉とは思えない。

 私が困惑していると、畳み掛けるように続けた。


「まだ冬に入る前、メラニーはうつむくばかりで、ほとんど会話ができませんでした。一月に数回のお茶会を七年間も続けているのに、です」

「申し訳ございません」

「謝罪が聞きたい訳ではありません」


 ジェイド様は深くため息をついた。


「冬が終わる頃、急に明るくなりました。質問にハキハキ答え、誰にでも笑顔で接する。あなたは誰ですか」


 気付かれた!

 両親ですら、娘が明るくなって良かったと言うだけだった。ジェイド様の様子がおかしいのも、私の反応の違いに戸惑っている程度だと思っていた。

 本当のことを言ってしまおうか。優しいジェイド様なら、言いふらしたり、私がおかしくなったと騒ぎ立てたりしない。でもきっと、婚約は解消となる。元々好かれてはいなかった。

 私は意を決して、口を開いた。


「私はメラニーです。それは間違いありません」


 ジェイド様は探るように、私の目をじっと見て聞いている。


「冬が終わる頃、私はいつものように部屋で本を読んでいました。メイドが昼食の時間を知らせにドアをノックした瞬間、唐突に思い出したのです。それは前世の記憶でした。その時、自分が今までして来た周りの人への対応のまずさ、恥ずかしさを思い知りました。もう、本当に若気の至りです。叫び出しそうでしたし、実際けっこうな声が出ていました。前世の私もかなりの引っ込み思案でしたが、社会に出て働くうちに、少しずつ改善されました。気付けば誰とでも、それなりな会話ができるようになりました。そう言う訳で私は、一足飛びで色々な経験を重ねたメラニーです」


 私は一息に話すと、冷めた紅茶をぐいっと飲んだ。

 ジェイド様は目を丸くして放心している。


「やっぱり、信じていただけませんよね」

「いや、別に信じていない訳ではないのです。ただ驚いて。あの、では、君はメラニーなのですね」

「はい」

「人格が乗っ取られたとか、成り代わったとか」

「違います」


 そうか、と安心したようにジェイド様はつぶやいた。

 好きでもない私を、本当に心配してくれている。ジェイド様は優しい。この方と一緒になれる人は幸せだろう。私の前では、幼い頃から固い表情をしていた。でも誰にでも優しく、誰とでも仲良くできることを知っている。

 この方には幸せになって欲しい。


「メラニー、前世について質問しても良いですか」


 ジェイド様は真剣な顔に戻っている。私は黙ってうなずいた。


「前世の記憶はどこまで思い出したのですか」

「死ぬ直前に覚えていたこと、ほぼ全てです」

「辛くはないですか」

「はい。子供と孫たちに見守られ、静かに逝けましたから」

「えっ、孫?」

「子供は3人、孫は7人いました。と言っても、次男家族は外国で働いていました。だからその時は長女と長男、その孫が5人です。病院に駆けつけてくれました」

「結婚していたのですか」

「夫は私が逝く8年前に他界しています。なので最後の時にはいませんでした」


 ジェイド様は目を泳がせて、おっと、こども、まご、とブツブツ言っている。

 あまりに長い時間で、さすがに心配になって来た。


「あの、ジェイド様?」

「ああ、すみません。ええと、その、メラニーは前世の家族に会いたいと思いますか」

「会えたら良いな、くらいは思います。でも、どうしても会いたい、までは思いません」

「なぜですか」

「前世の記憶は、私にとって物語に近いようです。本を読むより鮮明ですが、メラニーとしての記憶とは思えないのです」

「良かっ、あ、いや。そうなのですね。」


 ジェイド様は険しい顔でうつむいた。

 私はこの7年間ずっと考えていたことを話す決意をする。この優しい人をいつまでも縛り付けてはいけない。


「すみません。こんな話気持ち悪いですよね。いつ婚約を解消していただいても構いません。ジェイド様の決められたことなら、私は喜んで従います」

「ふへっ」


 私の隣から聞いたことがない変な声がした。ジェイド様が頭を抱えている。


「メラニー、なぜそんな結論になったのですか」

「義務感で私と婚約されてるなんて、心苦しくて。ジェイド様には幸せになって欲しいのです」


 私は意を決して伝えた。ジェイド様はとてもとてもとても長ーーーいため息をつく。


「僕にとってあなたと初めて会ったのは、8年前。婚約する一年前です。父に付いてここに来た時、メラニーはこの庭園の木陰で本を読んでいました。メイドに呼ばれて顔を上げたあなたと、たまたま目が合ったのです。目を逸らしてはにかんだ姿に、一目惚れしました。一年後、婚約者として再会して、本当に嬉しかったです」


 ジェイド様は真っ直ぐに私を見ている。目を逸らしたい。


「覚えていないでしょう。でも僕にとっては大切な思い出です。その時のことを、もっと詳しく話しましょうか。メラニーが座っていたのはあの辺り。黒髪はそのまま下ろしていて、白い頬にかかっていました。淡い青色のドレスを着て、確かこのくらいの大きさの本を読んでいました。本の装丁は茶色、遠目だったので何の本かは分かりません。木漏れ日がキラキラと髪や手を揺らして、僕はこんなに可愛い人がい」

「もう分かりました!大丈夫です!よおおおく分かりました!!」


 鏡を見ないでも分かる。今の私は全身が真っ赤になっている。


「まだ話し足りません。過ごした時間が8年間もあるのです。それに今、僕の中の可愛いメラニーランキングが更新されました」

「何ですか、そのランキングは!」

「一位は初めて会った木陰で本を読むメラニー。二位はメラニーが13の時、つまずいて僕の腕にしがみついたメラニー。三位は」

「詳しく聞きたい訳ではありません」


 だんだん頭が痛くなって来た。ジェイド様ってこう言う人だったの?


「ならどうして、私にだけ対応が違うのですか。あまり笑わないし、話し方も私にだけ変えてますよね」

「7年前に婚約した時、メラニーが読んでいた本を覚えていますか」

「いいえ」

「小説『閉ざされた冬の足音』です。メラニーはその小説の主人公を格好良いと言いました。なので僕なりに真似してクールを演じていたのですが、逆効果だったようですね」


 予想の斜め上をいく答えに、私は盛大に吹き出した。


「あははは。小説と現実は違いますよ。それに格好良いのは主人公ですが、私が好きなのは友人の騎士団長です」

「そんな!」


 ジェイド様がとても悲しそうに叫ぶ。その姿を見て、私はもう一度笑った。

 思い出した。小説の騎士団長はジェイド様と同じ金髪に緑の瞳。私が初めてジェイド様にあった時、目の前に騎士団長が現れたと、舞い上がったんだ。


「あの、まだまだ婚約を続けてもよろしいですか」

「そうですね。僕はただの一度も、婚約を解消したいと思ったことはありません。ですが、婚約は2年以内に終わらせたいです」

「えっ」

「結婚しましょう」

「ええっ」

「メラニーを焦らせないように、ゆっくり進めていこうと思っていました。でも、今のメラニーなら大丈夫そうです。子供は4人、孫は8人が良いです」

「前世に対抗しないでください」

「冗談ですよ」


 本当に冗談なのかあやしい。でもきっと、この方と一緒なら幸せになれる。

 そんな気がした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 終わり方もスッキリ 前世に張り合うとこ好きです [一言] このままでも完結してるのですが、もう少し二人のイチャイチャを見られたら嬉しいです。 続編を期待します(^^)
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