みしらぬ来訪
自分の体を抱きしめながら、暗闇でずっと丸くなっていた。
まんじりともせずに朝を迎えた。朝を迎えても暗いままなので、今が何時なのかは分からないけれど、朝になったことはなんとなく分かる。しんしんと冷える夜から、身を切るような冷たさの朝に、空気の気配が変わるのを感じることができる。
指先一本動かすことさえ、面倒だと感じる。
私はなんのために生きているのだろう。
もしこのまま呼吸がとまってしまって、生まれ変わることができるのであれば、私は木の葉になりたい。
ただ風にゆられて散っていく、木の葉。
でもきっと無理だろう。私は早贄の蛙でしかない。枝に突き刺さって、死ぬまでもがき続けるのが似合いだろう。
「蜜葉、来なさい」
唐突に、引き戸がひらいた。
眩しさに目を細めながら、床に丸まっていた私は体を起こした。
廊下から、光があふれている。光の中に、厳めしい表情をうかべた富子さんが立っていた。
「奥様がお呼びだよ」
寒さに凍えて、指先や関節が動かない。
まるで体がブリキでできた人形になってしまったかのようだった。
のろまな私の腕を富子さんが掴む。廊下を引きずられるようにしながら、私は進んだ。
廊下の先の客間に連れていかれる。
畳敷きの十畳ほどの客間には、座布団が敷かれている。黒い和服を着た朱海お母様が、私が客間に入ると、私におぞましいものを見るような視線を向けた。
朱海お母様の隣には、見慣れない壮齢の男性が二人いる。
一人は神主のような白装束で、一人はでっぷりと太った体をスーツに包んでいる。
神主のような方は顔色が悪く、皺が多い。おじいさんのように見えた。
スーツの方はその逆で、血色が良く丸まるとしている。今日は寒い筈なのに、額に汗がうかんでいる。
「六谷さん、本当に良いんですか? 本当に、お嬢さんを?」
血色の良い男が、お母様に尋ねた。
「ええ、ええ、もちろん。構いませんわ。この子は、鬼子です。このままここに置いておいたら、いずれ男とみれば誰でも誘惑してしまいます。淫売の血がながれているのです。この子が間違いを犯す前に、神様の元へ召されて、魂を浄化して頂きたいのですわ」
「いやいや、そんな……」
「本当なのです。昨日は危ないところでしたわ。私の夫を、寝所に連れ込んだのです」
「え? それは父親、ということで?」
「ええ。血の繋がりはありませんが、畜生の所業です。この家には、家業の雇人たちも多く来ますわ。若い男も多いのです。誰とも知らない男の子供を孕む前に、この子がまだ清いうちに、神様の嫁にささげられたら、この子も幸せというものです」
お母様の言葉に、肥えた男性は顔を赤くしたり青くしたりしている。
私は客間の入り口の端に、壁を背にして立ちすくんでいた。
叫び出して、逃げてしまいたい衝動を感じる。それは違う。私は、そんな人間じゃない。
けれど結局、私は何もできずにただ黙っていた。
何を言っても無駄だという諦めと、余計なことを言ったあとにされるだろう折檻への恐怖が、私の舌を喉の奥へと張り付かせていた。
「わかりました。それでは、奥様。お嬢様を連れていきます」
神主が、静かに言った。
くるくると表情を変えている肥えた男とは真逆で、顔色ひとつ変えていない。何を考えているのか良く分からない。それに、なんとはなしに恐ろしい。
「よろしくお願いしますわね、神主様。それから、約束の代金は」
「もちろん、お渡ししますよ。村のために神に身を捧げるというのですから、素晴らしい心がけだ。素晴らしい心がけには、相応の謝礼が必要です。これは村の総意。六谷家は、皆から感謝され敬われることでしょう。儀式の翌日には、社にて盛大に祝いの宴を開きます。どうぞ、ご参加ください」
肥えた男が愛想笑いをしながら、早口で言った。
神主が私をちらりと見る。
「さぁ、行きますよ。儀式は今宵。急いで支度をしなければ。今年は巫女が決まらず、神事から二日も過ぎてしまった。これは由々しきことです。急がなければ」
「お母様……」
意味が分からず、私はお母様を呼んだ。
お母様は私を冷たい瞳で睨みつけた。
「けがらわしい。はやく行きなさい。けがれたお前も、少しは誰かの役に立ちなさい」
「お母様、これはいったい、どういう……」
「母と、呼ばないで。お前なんて産まなければ良かった。産まなければ良かったのよ……!」
私も――うまれたくなんてなかった。
どうして私は、生きているのだろう。
涙があふれて、頬を伝いおちた。
「何よ、その顔は! 私が悪いというの? そうなの? 全部私が悪いの……? 私が、私が!」
「奥様、落ち着いてください。早くその子を連れて行って!」
お母様は両手で頭を押さえながら、大声を出しながら体をくのじに曲げて、髪をふりみだした。
富子さんがお母様を支えて、男性たちに言った。
私は両脇を男性たちに抱えられるようにしながら、屋敷から出た。
何がどうなっているのか分からないけれど、何か悪いことが起きるという漠然とした予感がした。
けれど、もうどうでも良いかとも思う。
何も考えたくない。
私は男性たちに従った。逃げる気はないのに、腕の拘束は痛いぐらいに強かった。




