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助けられた百舌鳥


 あれは、私が十歳を過ぎたばかりの頃だっただろうか。

 火箸を押し付けられた背中がどうなったのか、私は見ていない。

 ただあつくて、ひりついて、それからずっと眠れない日々が続くぐらいに、痛かった。


「百舌鳥を助けて、君の背にはひどい傷が残った。残酷なことをするものだ」


 蓮華様が、私の髪を撫でる。

 慈悲深い眼差しが、悲しげに曇っている。


「傷跡は、古傷であれば……ここで過ごすうちに、ゆるりと治っていくだろう。この湯には私の力が溶け込んでいる。傷を癒やし、きっと、君の心も」


「……私は」


 ここにいる理由が見つからない。

 生きる理由さえないのに。


「私が君を拾い、私の住処へ運んだ。……君の魂は清らかだ。幽世の者たちには、それがわかる。君はもう傷つく必要はない」


「どうして良いのか、わからないのです……」


「生きる理由が与えられているものなど、誰もいない。この世界は動かず、変わらず、気の遠くなるほどの長い時を皆、過ごしている。そこには目的などなく、ただ、生きているから、生きている。それだけだ」


「でも、蓮華様。私は、死ぬはずだったのに……」


「君が助けた百舌鳥は、ずっと君を見ていた。……君の家の庭の枝には、よく百舌鳥が早贄を刺していただろう?」


「ええ……確かに、そうですね」


「あれは君への礼だったらしい。贈り物のつもりだったようだ。……百舌鳥は君を追いかけて、共にこちらの世界へ来た。そして私の元へと飛んで、君を救って欲しいと私に訴えた」


「百舌鳥が?」


「故に、私は君を拾いあげることができた。死者を運ぶ川に長く浸かっていると、人は人の形を失う。人の形を失い、記憶を失い、魂だけとなる。……私が君を拾い上げることができたのは、百舌鳥が君を助けてほしいと私に願ったからだ」


「……百舌鳥は、どうなったのですか?」


 あの小さな小鳥が、私を見ていてくれた。

 私を、助けてくれた。

 私と共に、深い深い、池の底へと飛び込んで。

 空を飛べる小鳥にとって、それはどんなに怖いことだっただろう。

 瞳を潤ませていた涙が、頬をつたい流れ落ちた。

 悲しみからじゃない。

 申し訳なくて、でも、あの子が私を見ていてくれたと思うと、胸が締め付けられるような気持ちになる。


「百舌鳥には、私の力を与えて、命を繋いである。……君に会いたがっている。小鳥はきっと、君のよすがになるだろう。……生きる意味はなくとも、死ぬ理由もきっと、なくなるはずだ」


「あの子に、会えるのですか……?」


「あぁ。君が落ち着いたところで、会わせるようにコカゲたちには伝えてある。ここでは君は私の客人。思うままにふるまうと良い。私でよければ、君の話し相手になろう。私は大抵ここか、政務室にいる。好きな時に、訪ねておいで」


「……はい、ありがとうございます」


 不安は消えないけれど、私は頷いた。

 蓮華様の言葉に嘘はないように思える。

 それに蓮華様は神様だ。

 私が邪魔だとしたら、すぐに消し去ることができるだろう。

 優しくされることに慣れていなくて、戸惑うばかりだけれど、それでももう少し、生きてみようかと思う。

 私はただの人間だから、きっと長くはここに留まることなんてできないはずだ。

 いつか訪れる最後の日まで、この場所にいさせてもらおう。

 決心がつくと、少しだけ心が軽くなった。

 お礼を言って精一杯の笑顔を作ると、蓮華様はどこか眩しいものを見るように、目を細めた。



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