第二十五話 1
晃達が起こしている騒動の裏側。
麗華はパラライズトーカーの執拗な攻撃を受け続け、未だアーマライザーの使用ができずにいた。
「……フフ……ヒ……ヒヒヒヒ……」
「悪趣味にも程があるわね……」
トーカーに追い込まれ、たどり着いたのは一階の再端部。
広さはわずか十畳程度、他の部屋と同様に経年劣化が著しい。
壊れたストレッチャーが転がるコンクリートタイルの床はヒビが入り、ところどころが割れて破片が散らばる。
病院の雰囲気とはまったく異なる空間――ここは、かつて霊安室として使われていた部屋だった。
「ココ……キキキィ!」
「うっ……!!」
麗華を壁際まで追い詰めたトーカーは更に荒れ狂い、破損した自撮り棒を振り回す。
回避しきれなかった一撃が麗華の額を浅く掠め、切傷を作った。
「シィィアアアアアアアッ!!!」
傷口から血が垂れた事で麗華は動揺し、機敏だった動きが一瞬止まる。
隙を見つけたトーカーは狂気で笑い叫びながら、麗華の眼球に向けて突きを繰り出した。
「……甘いのよ!!」
ここまで受けた攻撃から把握した、トーカーの動き方。
“破損した自撮り棒”という貧相な武器で取れる有効打の予測。
壊れた人間から湧き出す、底無しの悪意。
それらを瞬時に思考した麗華は、最小限の首の動きで目突きを回避した。
「いい加減にしろ、外道が!!」
トーカーの自撮り棒は壁を突き、鋭利だった破損面が曲がる。
今度は麗華がトーカーに出来た隙を狙い、力いっぱいの蹴りを繰り出した。
「バァァッ!!??」
真正面から攻撃を喰らったトーカーは受け身すら取る事が出来ず、間抜けな奇声を発しながら霊安室の入り口まで勢いよく吹き飛ぶ。
晶獣とは違いアーマライザーを使用していない状態でも、ある程度の対処が出来る。
それは、トーカーが人間の延長としての力しか与えられていない事を意味していた。
「ON-SLOT」 「FROSTYWHITE」
「遊びは終わりよ!セットアップ!!」
「IGNITION」
続けてアーマライザーに剣晶をセットし、鎧の装着プロセスを開始する。
フロスティホワイトの剣晶から発する冷気が、麗華の足下と背中に面する壁に氷の幕を発生させた。
「ONSLAUGHT!!」
〈――麗華さんのアーマライザー使用を確認。生体通信繋がりました!〉
狭い霊安室の温度を更に下げながら、鎧の装着が完了する。
その瞬間、麗華の頭にJRICC本部との通信が繋がる。
聞こえてきたのはあらかじめ待機していた森川さんの声だった。
〈やーーーっぱりなンか巻き込まれてたか!いやね、キミ達のアーマライザーから反応ないなったから察してたンだがどうもキミの居場所に強烈なジャミングが――
森川さんに続いて、篝火が通話に参加する。
麗華達からの連絡を待ち侘びていた様子で、早口に状況を捲し立てた。
「事情は後で説明します。今は……」
〈戦闘中、だネ。OK!相手をよく見て、視覚でワレワレに情報をよこせ!〉
アーマライザーを使用するという事は、その必要に駆られるという事。
麗華に言葉を遮られてそれを理解した篝火は、一瞬で態度を切り替え冷静さを取り戻した。
「で、どうするの?そんなくだらない武器、もう効かないけれど?」
「……イヒィィィィィッ!!!」
トーカーは麗華の挑発に乗るかのように絶叫。
へし曲がった自撮り棒を左手に持ち、麗華の立つ霊安室へ再び突撃を仕掛けた。
〈フム……ヴェノムジェスターと同型の戦闘服、体型を見るに中身は別人……スタイルいいネ。運動神経良さそう〉
篝火は向かってくるトーカーの姿を麗華の視界越しに確認。
見た目からわかる情報からまず早口に所感を述べ、正体の解析に努める。
「ハゥゥゥゥゥゥ……」
トーカーの唸り声が不意に低くなる。
腰に下げていたガンドレッサーを右手に構え、走りながら乱射した。
〈射撃ヘタすぎワロタ。バレル類の装備はなし、装着している手甲はおそらくその代わり。って事は近接戦闘型ってことになるが、あの手に持ってるゴミじゃアーマライザーに傷なンぞ……〉
碌に狙いもつけずに撃ったそれは、麗華に命中する事なく床や壁に穴を開けるばかり。
再びの接近戦を予測する麗華と篝火は、トーカーが自撮り棒を握る左手を警戒した。
「あれは……!?」
〈ウォッ!?そういうギミックか!?麗華くン!!警戒したまえ!!〉
その時、トーカーの左手に装着された手甲に異変が起きる。
掌の部分から多量の黄色い砂が溢れ出し、自撮り棒全体を包んだ。
〈あの砂はおそらく剣晶の力に由来するモノ……そいつでコーティングすりゃなンでも剣晶の力が宿った武器に早変わり、アーマライザーへの有効打になるってワケか!!〉
「武器の間合いに来るならば……斬る!!」
狭い環境と乱雑な牽制射撃が、細やかな移動を阻む。
覚悟を決めた麗華は剣を振り上げ、正面からの斬り合いが始まる。
そのはずだった。
「スン」
麗華が構えたのを確認するとトーカーは当然突撃を止め、バックステップで剣の間合いから外れた。
トーカーが強く自撮り棒を握ると、掌から湧き出す砂は更に増量する。
それは棒を伝い、床に達するほどになった。
「……シャアッ!!」
垂れた砂が硬化し、鞭のような形態へと姿を変える。
武器の間合いも同様に変化し、トーカーは麗華の攻撃範囲の外から一方的に攻撃できるようになった。
攻撃を空振りした麗華に、乱暴に振り回したそれで一方的な滅多打ちを仕掛ける。
そのはずだった。
「やっぱり、正攻法での戦い方は出来ないのね」
剣を振り上げた動作は、トーカーのフェイントを読んだ麗華のフェイント。
バックステップと、武器の形状変更による間合いの変化。
攻撃姿勢を迎撃姿勢に変えてそれをしっかり視認し、向かってくる砂の鞭を全て剣で受け流した。
「卑怯者の相手はジェスターで慣れてるからね……手の内はもう、お見通しなのよ!」
トーカーの鞭は何度か剣に弾かれるうちにヒビが入り、形を保てなくなる。
ヒビ割れは砂で構成された部分だけでなく軸になっていた自撮り棒そのものまで達し、一瞬で全てが崩壊した。
〈フーム、考えてみりゃこうもなるワな……そこらの一般的な物質じゃ剣晶由来の力に耐え切れるはずもない〉
「あなたの専門は近接戦闘じゃなくて奇襲。つまりアーマライザーを使用する前に私を倒せなかった時点で……」
トーカーの手の内は、麗華と篝火に読み切られた。
形勢の不利を悟ったトーカーは慌てて距離を離そうとするも、早足で迫る麗華からは逃れられない。
「勝ちの目なんて、無い!!」
「ブォッッ……!!」
トーカーの頭部に、麗華の回し蹴りが炸裂する。
ここまで執拗に顔面を狙われ続けた仕返しの念が威力に変換され、トーカーは壁に叩きつけられた。
「さて、こっちも時間が惜しいの。大人しく降参するのならこれ以上は勘弁してあげる、そうでないのなら――
ぐったりと倒れたトーカーの喉元に、剣先を突き付けて脅しをかける。
しかし、どれだけ悪辣であろうとも、狂っていようとも。
その中身が人間である以上、晶獣のように斬って殺すという選択肢を麗華は持つ事ができない。
「……ヒッ、ヒヒヒヒヒ……」
同族の命を奪えない常識、良識。或いは甘さ。
悪人・狂人に分類される生き物は、それらを躊躇いなく踏み躙る。
麗華がすぐに攻撃に出ない事を確信した瞬間、トーカーは割れたコンクリートタイルを左手に掴んで麗華に投げつけた。
「しまっ……!!??」
トーカーの掌の中で瞬時に砂がまぶされたタイルは剣晶の力に耐え切れず、すぐに無数の破片へと姿を変える。
つまりそれは小さな破片一つ一つがアーマライザーに対する“有効打”となった事を意味する。
鎧に対して散弾のように突き刺さるそれは大きなダメージにこそならないが、麗華の虚を突き体勢を崩すには十分だった。
「ケヒャッ、ケヒャッ、ケヒャッ……」
「SANDYELLOW」
嘲笑の声と共に、トーカーはガンドレッサーに装填されたままの剣晶を再起動させた。
引き金を引くと銃口が砂煙を吐き、部屋全体を包む煙幕を作り上げる。
「ヒィィィィアアアアアーッ!!!」
砂に視界を遮られた麗華の耳に不愉快な絶叫が響く。
それは走る足音と共に遠ざかり、どこがでガラス窓が割れる音に続いた。
「あいつ……!!」
麗華は慌てて砂を払い視界を取り戻すが、既に人の気配も殺意も消えていた。
正面から戦えば、勝てるだけの実力差はあった。
そのはずなのに、パラライズトーカーの持つ狂気と裏腹の判断力に終始翻弄されて決定打を打てずに取り逃がす。
麗華は自らの甘さと不甲斐なさに苛立ち、兜の内側で歯軋りを鳴らした。
〈あのサ麗華くン、キレてるとこ申し訳ないがあいつを深追いしようとか考えンなヨ。とりま細ェ所を説明して――
「ああ、クソッ……切り替えないと……!!」
トーカー一人に構っている暇などなく、状況は依然として悪いまま。
晃と合流し、この廃病院に渦巻くものが何かを明らかにしなければならない。
篝火に諭されてようやくそれを思い出した麗華は、不愉快な気持ちを一旦押し込み冷静さを取り戻した。




