第二十四話 3
「…………わたしとお兄さんはっ!!ここにいる悪いやつを!やっつけにきたの!!」
晃を手助けする為、ミッチーとヨシりんの警戒を解く為。
苦悩の果てに千智が頭から絞り出したのは、正当性を得る為の大嘘だった。
――また……ウソついちゃった……わるいことだってわかってるのに……
正しい事をしたいけど、大人に連絡して“チクリ”の謗りを受けたくない。
そんな弱さで晃を騙し、大人の代わりとして強引に巻き込んだ。
そして今、どうしていいかわからない中で千智はまた一つ嘘を重ねる。
――おとうさん、おかあさん、ごめんなさい……わたし、いい子になれない……
目標としている“優等生”としての在り方から、どんどん離れていく。
千智の心が罪悪感に押し潰され、涙の浮かんだ目をぎゅっと閉じた。
「「「お前、〝あれ〟の事知ってんのか!!??」」」
「えっ?」
千智の吐いた嘘の存在〝悪いやつ〟。
それが偶然にも晃が戦い続ける相手、ミッチーとヨシりんが先ほどまで追いかけられていた怪物――現実に存在する人類種の敵・晶獣に結びつく。
「お前、晶獣の事なんかどこで知ったんだよ……まぁいいや。そういうことだ、ガキ共!!」
「あの鎧のおばけだろ!中里が昨日おれらを止めてたのはここにアレがいること知ってたからか!?」
「そういうことならはやく言えよ……ってか、なんでおれらさいしょにおこられたんすか?」
バラバラだった晃・ミッチー・ヨシりんの認識に一つの筋が通る。
荒ぶった双方の様子は一旦落ち着きを見せ、ようやくコミニケーションが始まる。
「ど、どうなってるの、これ……?」
しかし、話に筋を通した千智だけは晶獣の存在を知らず、共通認識がない。
流れ落ちそうになった涙が引っ込み、状況を飲み込めずまた新たに首を傾げた。
「そうかそうか。小さきゴミよ、よく吠えた」
“わるい奴をやっつけにきた”。
千智本人が全く意図していない、勇敢な宣戦布告。
それはリネン庫の外まで届き、ちょうどすぐ側まで来ていたオズヴァルドの耳に入った。
「つまり、貴様とアキラが首謀者というわけ……だァッ!!!」
千智の勇気に感銘を受けたような声色から一変。オズヴァルドの感情は瞬時に沸騰する。
怒りに任せて扉を殴ると、周囲の壁ごと一撃で砕け散った。
「ええい、鬱陶しい!!こんなところに固まりおってからに!!不衛生だッ!!!」
その衝撃は、湿気とカビと経年で劣化し尽くしたリネン庫全体に行き渡る。
当然現れて喚き散らす大男と、部屋の崩壊を予感させる轟音。
晃を除く小学生三人は、新たな恐怖に竦み上がる事しかできない。
「この野郎……テメェまで湧いてくんのかよ!!」
「五月蝿いッ!!湧いて出たのは貴様らだ!!招いてもいないというのにッ!!!」
因縁深いオズヴァルドの顔を見た瞬間、晃の怒りが燃え上がる。
相対するオズヴァルドも同様だったが、晃と違い戦闘の意思が見られない。
「貴様は殺す……だが、こんな狭く汚い場で決闘など出来るものか!!俺は誇り高き上位騎士爵だぞッ!!」
オズヴァルドは怒号と共に、左手に持ち引きずっていたもの――恐怖で硬直した中西を晃に向けて投げつける。
「うおおおおおおっ!?」
「中ざ……!?うわっ!!」
投げつけられたものは、よく知る嫌味な生活指導の教師。
動揺した晃は判断が遅れて受け止める体勢を取れなかった晃は真正面から中西とぶつかってしまい、二人はもつれるように倒れ込んだ。
「お兄さん!!お、おとうさん……!!??」
「さて、小さき首謀者よ。次は貴様の番だ」
千智もまた、ここにいるはずのない父の登場に驚き竦む。
そんな彼女を首謀者だと誤認したオズヴァルドは、更なる敵意を向けようとしていた……
「わ……わ……!」「も、もうやだ……かえりてえ……」
一方、その頃。
部屋の隅に固まったミッチーとヨシりんは、最も弱き存在故にオズヴァルドから見向きもされない。
しかし常識離れした出来事の連続に、すっかり疲れ果てていた。
「……君たち、わたしについてきて」
姿勢を低くして、オズヴァルドの後ろから密かに侵入する影。
物音を極力立てずに近づいたその女――羽黒蘭は、二人に小さな声をかける。
――姉ちゃんもお兄ちゃんも頑張ってるんだから……
わたしも、できる事やんないとね!
蘭はミッチー・ヨシりんと同じく、オズヴァルドの興味を引かない弱きもの。
しかし二人と違い、立場と経験から身についた度胸がその身体を勇敢に動かす。
「今度はなんだよぉ……いいかげんに――」
「大丈夫、君たちを助けにきたよ……」
心の折れかけたミッチーの言葉を遮り、顔の高さを合わせて、しっかりと相手の目を見る。
姉譲りの美貌から出た優しい微笑みが、恐怖に囚われた二人の小学生の心を救う。
晃が口に出せなかった「助けにきた」という言葉が、最良の形で二人に届いた。
「静かに、あいつに気づかれないように、ね……」
「「お、おっす……!」」
蘭が二人に向けて伸ばした手。
少し顔を赤くした二人は迷わず自らの手を繋ぎ、リネン庫からの脱出に成功する。
「でも中里と……あっちのにいさんは……」
「あのお兄ちゃんがクソバカで迷惑かけたね、でも大丈夫。お兄ちゃんはあのでかい男一回やっつけてるから、今度も大丈夫」
少し心に余裕が生まれたミッチーは、オズヴァルドと対峙する晃と千智を心配し足を止める。
退避を再開させるべく蘭が発した言葉は、晃への恩義と信頼による説得力があった。
「……ほんっっとうにクソバカだけど」
「う、うらみこもってるっすね……」
社交的な蘭からすれば容易い事で、本来速やかに行うべき行動。
それすらまともに行えず、只々話をややこしくした晃への苛立ち。
蘭から僅かに漏れたそれを、感じ取れたのはヨシりんだけだった。
「フハハハハッ!貴様は決闘のトロフィーにしてやろう!!」
「は、離して……!」
千智を次の獲物として定めたオズヴァルドは、その細い腕を左手で乱暴に掴む。
今にも骨を折られそうになるほどに強い、オズヴァルドの握力。
覆せない力の差と底なしの悪意が一瞬で伝わり、千智の心を絶望で染める。
「おい!!そいつを巻き込むんじゃ――」
「ええい!どけ芽吹ィ!!」
その様を見た晃は激昂して立ち上がるが、それよりも先に中西が前に出た。
「私の娘から!手を離せぇぇっ!!」
先程まで中西を蝕んでいた恐怖は、娘を守る為の怒りに上書きされる。
戦う術を何一つ持たない中年教師が、やぶれかぶれの突進でオズヴァルドに戦いを挑む。
「貴様に用は無い!!出しゃばるなッ!!!」
「ぐわっ!!?」
当然、中西がオズヴァルドに勝てる道理はない。
中西は軽く顔面を蹴り飛ばされ、鼻血を噴きながら仰向けに倒れ伏した。
「繰り返しになるが、アキラよ……ここは決闘に相応しくない。取り急ぎにはなるが、すぐに場を用意してやる」
オズヴァルドは喋りながら、空いた右手を強く握る。
拳から暗黒の光が漏れ出して右腕全体が変質を始め、その形を戦闘形態へと整えた。
「それまでしばらく……時間を潰していろッ!!」
続いて形成された愛用の両手剣を高らかに掲げ、振り下ろしてリネン庫の床に叩きつける。
限界まで劣化した部屋は衝撃に耐える事が出来ず、床面が激しく崩壊を始めた。
「「うっ、うわぁぁぁぁーーー…!!」」
リネン室の床に大穴が空き、晃と中西がその中へと落下。
叫び声と共に、二人の姿が闇の中へと消えていった。
「いいか!三階の大講堂にて待つ!!来ないようならこの幼虫は処刑するからなッ!!!」
「おとうさん!!お兄さーーーーーーーん!!!」
二人が落ちた地下にはオズヴァルドの高らかな宣戦布告と、助けを求めて泣き叫ぶ千智の声が響き渡った。
「し、しまった!部屋を破壊してしまった……母上に叱られるやもしれん……!」
「えぇ……?」




