第二十四話 2
「に、にげきれた……のか……?」
「足音は近づいてこないから、だいじょうぶじゃねえかな……
晶獣に追いかけ回されたミッチーとヨシりんが必死になって逃げ込んだ先は、かつてリネン庫として使われていた部屋だった。
「うわ、ここクッセェ!つーかきたねえ!」
「でも、もうかくれるとこないって……」
晶獣の追跡から逃れた二人は、一時の安心を得てようやくこの場の醜悪な環境に気づく。
湿気の籠る庫内には悪臭が充満し、カビと腐食は床まで達していた。
「ミッチー……おれもうかえりてえよお〜……」
「うるせえ!泣くな!!俺だって帰りてえよ!!」
パニックで抑え込まれていた恐怖と不安がヨシりんの心に再来し、みっともない泣き声を上げる。
それはミッチーも同様で、喝を入れながらも瞳には涙が溜まっていた。
「……ってバカ!ヨシりん!静かにしろ!」
「み、ミッチーだってうるさい……」
リネン庫の外から再び足音が聞こえた時、二人は大声を出した愚かさに気付く。
その足音は何がを探し回り、駆け回っているように聞こえた。
「ここかぁ!!!」
「「えっ」」
ついに足音がリネン庫まで辿り着き、乱暴に扉が蹴破られる。
しかし怒声と共に現れたのはさっきまで二人を追い回していた晶獣ではなく、センスの悪い服を着たチンピラ高校生・芽吹晃だった。
「肝試しなんぞしてんじゃねえぞ、クソガキ共!!!」
「「誰ぇ!!??」」
少なくとも、先程まで自分達を追い回していた晶獣ではない。
しかし代わりに現れたのはまったく面識のないチンピラで、何故か自分達に激怒の感情を向けている。
想定外の方向に転がった展開に、ミッチーとヨシりんは大声で困惑の声を上げた。
――昨日のガキ共、こいつらだったよな!?こっから連れ出すにしたってどう言う!?つーか晶獣とかの話どう誤魔化しゃいいんだ!?そもそもこいつら晶獣に会って……!?
晃達は運良く、晶獣と接敵せずに二人の元に辿り着く事ができた。
しかしそれ故に、脅威の実態を把握できていない晃はこの後どうするべきかの判断に迷っていた。
――考えんのはめんどくせえし、ウダウダやってる時間もねえ!!!
「ゴチャゴチャ抜かすな、ボケ!!いいから来い!!!」
思考に詰まった苛立ちと焦りが、晃を鬼のような形相に変える。
二人を安全地帯に連れ出す事を優先し、面倒な説明を全て投げ捨ててしまった。
「「マジで誰ぇぇ!?つーか何ぃ〜〜〜!!!???」」
しかし何も知らないミッチーとヨシりんには、怒声を上げる晃が自分たちを助けにきた事などわかるはずもない。
晶獣と別種の脅威にしか見えないチンピラに恐れ慄き、手を伸ばす晃から距離を離す。
強い言葉と行動を伴う晃のやり方が、完全に裏目に出てしまった。
「お、おにいさん!おちついて……!!」
晃に遅れて部屋に入ってきた千智は、コミュニケーションが大失敗した様子を目の当たりにする。
慌てて晃と同級生達の間に割って入ると、そこには絶望的な距離感が出来上がっていた。
「あっ!中西!なんでここにいるんだよ!」
「てめー、チクったのかよ!その……なんかヤバそうな人に!」
同級生達は、晃の側に立つ千智に不信の目を向ける。
元々仲が良いわけでもない彼らとの心の距離が、さらに広がる。
「おい千智!手ェ貸せ!とにかくこいつら連れてかねえとヤバい!」
千智に協力を頼む晃の顔に、汗が流れる。
どこまでも真剣に二人を助けようとするが、不器用過ぎて全く意図が伝わらない。
「お前そんなヤバい人と知り合いなのかよ!やめとけよ!先生に言いつけっぞ!」
「ミッチー、それやったらまずおれ達から先に怒られる……」
ミッチーとヨシりんが、大声の晃を警戒する。
晶獣に追い回され今日を味わった二人も、冷静になる事ができない。
「あの……うぅ……ど、どうしよう……」
間に挟まれた千智も、まったく冷静ではない。
不気味な病院に対する恐怖心もあり、晃がずっと感じている危惧と焦りも伝播している。
「わたしが……どうにかしないとダメ……?」
ただ、晃の言う通り手を貸しても、クラスメイト二人の言う通り晃から離れても良い結果を産まない。
双方を知る自分が間に立ち、状況を変えなければならない。
それだけは理解できた千智は、中途半端に懸命な頭を懸命に動かして答えを探る。
『――――――――――えぞ、クソガキ共!!!』
一方、麗華と逸れたまま先に進む中西と蘭。
最初の悲鳴の主であるミッチーとヨシりんを探している間に、晃の怒声が耳に入った。
「今の声は……芽吹!やはりあいつが……!」
「わー待って待って!違うの!多分違うの!!」
察しの早い蘭が必死に誤解を解こうとするが、遠くから中途半端に届いた晃の声は子供を脅しているようにしか聞こえない。
普段から問題視している晃の言葉遣いと、余裕の無さが産む声色の鋭さ。
ただでさえ悪い中西からの心象が、更に酷くなる一方だった。
「何が違うか!子供を威嚇する物言い、確かに聞いたぞ!だいたい彼奴は普段からして……」
「そうだけどー!口調はそうだけどー!!お兄ちゃんはそんな事する人じゃなくてぇー!!」
生活指導の教員として一年以上、晃の乱暴な行いを見てきた中西。
戦いに巻き込まれる中で、晃の内面にある義侠心を知った蘭。
それぞれが晃に持つイメージは真逆で、噛み合うはずもない。
――あぁ、もう……お兄ちゃんのバカあほマヌケクソ鈍感……!
晶獣やJRICCに関わった事柄を話すことはできない。
しかし、今遠くから聞こえてくる晃の声から感じる印象は最悪。
弁明の仕方に詰まった蘭は、心の中で悪態をつく。
『おい千智――――――――』
「あっ!!やはりあいつ、チーちゃんを……許さん!!絶対に許さ――
続けて聞こえて来た晃の声に、中里は更に激昂して駆け出した。
声の出所であるリネン庫へ向かう途中、T字型廊下で何者かにぶつかり歩みが止まる。
「し、失れ……どなたッ!?」
「気が合うなゴミムシ。貴様もアキラを憎むか」
ぶつかった相手に素早く謝罪をするが、本来この場で誰かとぶつかる事などそうそうあるはずもない。
その異常に気付き、相手を注視するとそこには青白い顔の大男――オズヴァルドが立っていた。
「えっ!?うわ、ヤバ……!!」
神聖騎士団の幹部格との遭遇に、蘭は顔を真っ青にした。
一瞬目が合った後、オズヴァルドはつまらなさそうな顔をした後すぐに中西の方へと向き直る。
オズヴァルドも蘭の顔は覚えていたが、取るに足らない弱者である彼女への関心はない。
「これで侵入者は何人だ?もはや数えるのも億劫だ」
「うわぁっっ!?なっ、何をするっ……!?」
オズヴァルドは深いため息と共に、中西の胸倉を乱暴に掴む。
中西の細い身体は簡単に持ち上がり、お互いの息がかかる距離まで顔が近づいた。
「いい加減にしろ!この小悪党共がッ!!立ち入りを禁じている施設であろうがッ!!!」
「だから何を……みっ、耳がぁ……!!」
オズヴァルドは中西の鼓膜が破れんばかりの勢いで、一方的に耳元でがなりたてる。
まるで自分が正当な管理者であるかのような態度を崩さず、苦しむ中西の様子などまるで気にすることもない。
「しかし……この無秩序の中心にアキラがいるのなら、納得も出来る」
オズヴァルドは気が済むまで怒り狂った後、スイッチを切り替えたように一瞬で冷静になる。
その視線は晃が居るであろうリネン庫に向いていた。
「オレもあの男には恨みがあってな……喜べゴミムシ。今からオレがアキラを殺してやろう」
「ま、待て……!そんな事はよせ……!!」
晃を殺す光景を頭に思い浮かべた瞬間、オズヴァルドの機嫌が上限値まで高くなる。
中西の胸倉を掴んだまま歩き始め、ついにリネン庫の前までたどり着いた。
「貴様らもすぐにその後を追う事になるが……な」
「……!!!」
オズヴァルドが浮かべる下衆な笑み。
中西は自分を掴んでいる男がどういう存在であるかを、ようやく理解する。




