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鉄拳の騎士  作者: sui
第二十三話 黒白が互い違い
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第二十三話 2

「――まぁ、つまりこの辺も昔に比べて人が減っちまって……バスなり車なり使わなきゃアクセスし辛い立地もよくなかったんでしょうなァ」


 八石山総合医院――正確にはその跡地へと向かうタクシーの車内。

知識が豊富なベテランドライバー・紋寺の口から、八石山の辿った末路が語られる。


「アッシも詳しい事情までは存じやせんが、どうも閉院の際なにやらモメたらしく土地の相続手続きなんかも滞ったまんまらしくてな。解体にもカネがかかるってもんで手付かずのまま放置されとるんですわ」


「オカルト系のサイトとか、廃墟探索とかのサイトでちょっと話題になってるね……医療事故とかのウワサあるし、肝試しのスポットになってるみたい」


 紋寺に続き、蘭もインターネットから八石山に関する不穏な情報を引き出して伝える。

今から向かおうとしている場所はまともではない。その予感が段々と強くなり、蘭の声色に不安が混じる。


「晃くんはそんなところに連れ込んだのね……チサトさんとかいう、年下の子を」


「ってそっち!?」


 しかし、麗華の懸念は千智と共に行動している晃に集中する。

八石山が不穏な場所であればあるほど、晃への疑惑と苛立ちが増す。


「落ち着きなって……お兄ちゃんが何考えてるかはわかんないけどさ、『裏側』の話だったりするんじゃないの?」


「……どうでしょうね。少なくとも三咲で大きな動きがあったというデータは、今までないけれど」


 『裏側』――部外者である紋寺にわからないように伏せた、剣晶や晶獣に関わるJRICCの領分。

 自らの本分であるその話題に触れ、麗華はようやく冷静な判断力を取り戻す。


「お嬢さん方に事情があるってんなら止めやしねぇが、気をつけたほうがいい……いわゆる古き悪き心霊スポットってやつですがね、最近またよくないウワサが聞こえてきてな」


「最近……?」「裏より表からの方がネタ転がってくるじゃん」


 部外者であるはずの紋寺から、新たな不穏情報が与えられる。

早くも穏やかに事を終えられない雰囲気を感じ取り、羽黒姉妹は揃って頭を抱えた。


「ええ。ありゃインターネットの動画撮影かなんかだろうな……そういうチャラけた事をやるグループが行方不明になったんですがね、そいつらが向かった先が八石山だって噂なんですわ」


 晶獣の餌食になる人間の典型的なパターンでありながら、剣晶の痕跡を隠されているが故にJRICCがすぐに手出しできない事件の話。

その場合対応するはずの警察が、まだつかみ切っていない最新の情報。


「姉ちゃん、これマジっぽくない?」 「藪から蛇、というやつね……真実であるのなら」


 紋寺が話す噂話がもし真実なら、麗華達JRICCにとって有用な情報になり得る。

しかし不意に与えられた、あくまで噂話に過ぎないそれはまず自分達で確かめる必要がある。麗華はそう判断した。

 

「アッシは客を運ぶ仕事だ、止める権利はねえ……だが、伝えるべきは伝えたぞ。本当に行くんですかい?」


 紋寺は運転席からバックミラー越しに、麗華達に視線を向ける。

客の事情に深入りはしない仕事人としての冷徹さと、敢えて危険に飛び込もうとする若者を心配する大人の思慮。

同量のそれらが入り混じるような、鋭くも優しい目つきだった。


「こちらにも事情というものがあります、遊びに行く訳ではありません」


 紋寺のように何もならない大人が自分達を心配するのは当然のことであり、事情を話さず先に進むのなら相応の態度を見せる必要がある。

そう考えた麗華もまた真剣な表情と声をミラーに反射させ、紋寺への返答にした。


「覚悟と用意アリと見た……アッシがこれ以上口を挟むのも野暮でしょうな」


「ご心配、感謝します」


 麗華の意を汲んだ紋寺は笑みを浮かべ、深く追求をしない。

初対面の印象こそ悪かったが、意外と話のわかる優しい大人だった紋寺に、麗華は軽く頭を下げ心からの感謝を伝えた。


「だが、もし荒事になるってんならアッシを頼りな!!これでも腕っぷしには自信があってな!若ェ頃は“ヒールホールドのモンちゃん”として名を――


「い、いえ結構です……」 「プロレスなんだぁ……」


 しかし、おまけについてきた暑苦しいお節介は受け取らなかった。




「あの……あの……えっと……いっ、いまの電話って……」

  

 時間は少し遡り、晃と麗華の通話が切れた直後。

千智は、いきなり始まった電話越しの怒鳴り合いにすっかり怯え切っていた。


「さぁな、何考えてくるかは知らねえがたぶん俺らの事追っかけてくる。めんどくせぇ女がよぉ……」


 晃はこれから襲撃してくるであろう麗華の事を思い、頭を掻いて渋い表情を浮かべた。

前向きな感情でこそないがその表情に先ほどまで言い争っていた時の怒りはなく、相手を憎からず思っている事が察せられる。


「えー、なんで……?」

  

 二人の関係を知らない千智は女が追いかけてくるという謎のシチュエーションよりも、通話相手への晃の感情が理解できなかった。


「んな事よりこっちの話だよ、なんだこれ?」


 晃が歩みを止め、さっきまで千智がいた地点を指差す。

そこにあるのは先程の通話中に千智が読んだ「八石山総合医院」の看板だが、15年間手入れされずに放置された結果あちこちが錆とカビでボロボロになり、文字がかろうじて読める事以外の価値を失っていた。


「そのうちワケ話すと思ったのに、ダラダラズルズル誤魔化しやがってよお」


 次に晃が視線を向けた駐車場は全てアスファルトが大きくひび割れている。

周期の草木も全く手入れがされておらず伸び放題で、とても車を止められる状態にない。


「こんなもん、流石の俺でもヤバいってわかるぞ」

 

 目的地である建物の自動ドアは半開きで固着し、ひどく汚れたガラスには蜘蛛の巣が張り巡らされる。

外壁の塗装は剥がれ落ち、割れた床タイルの隙間には雑草と苔がびっしりと生える。

八石山総合医院は、誰の目から見てもわかる廃病院だった。


「ここまで来て、ノリで押し通せるとは思ってねえよな?お?」


「あぅ……はい」


 晃は腕を組んで眉間に皺を寄せながら千智を睨み、その場から一歩も動かなくなる。

呆れと怒りの入り混じるその声色から、騙し騙し誘導する事に限界が来ている事は千智も理解している。


「あの……おこらないで聞いてほしいんですけど……」


 千智の声はどんどん小さくなり、俯いて口籠もる。

無茶なお願いを口車に乗せ、勢いに乗せているつもりでいたが、実態は先延ばしを繰り返していたに過ぎない。

そんな千智に、ここで言い出す勇気があるはずもなかった。


「……話したくないなら別にいいぞ、俺は帰るけどな」


「ああああああ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!ちゃんと話すからおいていかないでええええ!!」


 見かねた晃が踵を返し、帰るふりをして発言を促す。

心の中が不安で満たされていた千智には晃の想定以上に効いてしまい、半泣きでしがみつき弁明を始めた。


「ここはあぶない所で……あそびに行っちゃダメだって学校で先生が言ってて……」


「まぁ、そうだわな」


「でもここできもだめしする子悪い子がいるから……おにいさんに怒ってほしくて……」


「肝試しすんなコラァァァァァァ!!!」


「わたしじゃないもん!!わたしのことじゃないもぉぉぉぉおん!!!わあああああああああああああ!!!」


 色々理屈をつけた所で、危険な場所に入ろうとしているのは千智も同じである。 

と、いう戒めを込めて目の前の悪い子を怒鳴りつけた晃だったが、やはり想定以上に効いてしまいついに大泣きしてしまった。

 



「……きのう、私とけんかしてた男の子ふたり。覚えてますか?」


 5分ほど泣きわめき、ようやく千智が落ち着きを取り戻す。

病院の入り口前まで歩き、その思惑を語り始めた。


「そういやなんかゴチャゴチャ喧嘩してたな、あいつらか」


 それは昨日、晃が千智と会った日の出来事。

同じ学年と思わしき悪ガキ達の悪巧みを、真正面から止めにかかっていたのをよく覚えている。

  

「あの二人が今日きもだめしするって言ってたのが、ここなんです。まちぶせして、来たらおにいさんにおこってほしいの」


「それよ、別に俺じゃなくてもよくねえか?学校の先公なりお前の親なりに相談すりゃいいだろ」


 少ししゃがんで目線を千智に合わせ、至極真っ当な疑問を投げかける。

級友の危険を止めたいという千智の正義感を、晃は尊重したいと考える。

だからこそ妥当な手段を選ばず、千智の尊ぶ秩序の外側である自分に話を振った理由を明らかにする必要があった。


「……みんなにチクリってばかにされるの、もういやで……わたしじゃなくて、おにいさんみたいなこわい人が言ってくれたらそうならないかな、って……」


 正しいことをしたい。でも自分はこれ以上傷つきたくない。

晃を巻き込んだ真の理由を辿々しい言葉で話した千智はそんな卑屈な気持ちを恥じ、目を逸らした。


「ハァ……そのへんは俺からすりゃどうでもいい事だけどよ」


 晃は深いため息を吐いた後、視線を千智から離さずに話を続けた。

今更千智の弱さを責める気などなく、それよりもこの話を成立させる為に聞かなければならない事がある。


「そもそもそいつらがここに来るのって何時なんだ?」


「……あ」


 千智の素っ頓狂な表情を見て、晃は全てを察する。

年齢の割には賢く見える千智だが、あくまで小学生の域を出ない。

晃を引き摺り込む事ばかりに気を取られ、同級生二人の行動を含めたあらゆるプランが頭の中に構築されていなかった。

 

「バカだなーお前、どうすんだよこっから。しょうがねえ、ちょっと一緒に考え――


 計画は完全に破綻したが、このまま千智を見捨てる気も諦めさせる気もない。

頭を掻いて立ち上がり、視線を廃病院に向けて思考を巡らせようとしたその時。


「……マジかよ。手遅れだ」


 薄暗い院内、床に積もる砂埃。

奥まで続く子供二人分の足跡に、晃は気づいてしまった。

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