第三話 1
晃と麗華が共闘した翌日。
食堂にはいつものように晃、賢治、宏の三人が固まって座っている。
晃は弁当、賢治と宏は学食を広げ、いつものようにくだらない話で時間を潰す昼休み。
「マージで!今日こそ絶対ゲーセンの子に告るチャンスなんだって!オメェーラにもオレっちに彼女出来る瞬間見せてやっからヨ!!」
「おう、そうか」
「死亡フラグビンビンでワロタ。それより今日は『まじかる★ぐ〜る レイシスちゃん』のアケゲー稼働日ですぞ。晃もこれを機にたっぷりレイシスたその魅力に浸かろうねぇ」
「おう、そうだな」
「「……おーい、晃ー?」」
「おう、なんだ?」
晃だけがいつもと違う。
ぼぉっとした様子で明後日の方向を向き、なにを聞いても上の空の空返事。
弁当を食べるスピードも、いつもに比べると妙に遅い。
「オメェー、まだ昨日の事怒ってんのかヨ?」
「だから埋め合わせで今日ゲーセン行こうって言ってんじゃん。美麗3Dグラフィックでレイシスたそのパンツ拝もうって言ってんじゃん」
「あー悪ぃ。今日たぶんパスだわ」
ここで晃がようやく二人の方を向き、若干申し訳なさそうな表情を見せる。
対する二人は心配半分、怪訝半分の表情だ。
「パスゥ?晃どったん?もうとーこたんの手伝い終わったんしょ?」
「さてはお婆ちゃんに怒られたナ?別にそんな遅くまでかからねーし、ちゃんと連絡しときゃいいっていつも言ってんじゃねーかヨ」
「いや、ちょっとな……」
話せる事じゃない。
考えている事を悟られまいと目を逸らし、自分の横の空いている席を向く。
「ちゃんと話を覚えていたようでなにより」
突然現れてその椅子に座ったのは羽黒麗華。
「どわぁあっ!?お前なんだいきなり!?」
「は、は、は、羽黒氏ぃ!?」
「なんで麗華チャンがここ来んだヨ!なんで晃に話しかけてんだヨ!!ぜってえなんか間違えてんゾ!?」
誰もが予想しなかった登場に晃が、賢治が、宏が、そして周囲の学生全てが騒然とする。
「放課後、迎えに行くから」
慌てふためく三人を気にする様子もなく、用件だけを簡潔に伝える。
周囲からの好奇の視線に鬱陶しそうな表情を返し、黙って席を立ち食堂を去っていった。
「ウソでしょ……羽黒さんと三バカがなんで……?」
「3組の一番上と一番下じゃん」
「あいつ不良だから羽黒さんになんかしたんじゃないの?」
「羽黒さん、ちゃんと他人と話せたんだね……」
「ってか羽黒、ああいうのと話すタイプなんだ……」
「うーわ、ショック……」
「でも元々他人とつるまない人だったし……」
晃はヒソヒソと嫌な話を垂れ流す周囲にガンを飛ばして黙らせる。
弁当を掻き込んで不快感を誤魔化し、早々にこの場を離れようとするが友人二人はそうさせてくれない。
「説明しろヨ晃!なんでお前みたいなムッツリ野郎が麗華チャンと…!?」
「アプリか!?やはりエッチな感じになるアプリの力なのかぁ〜!?エロゲみたいなぁ〜!!」
宏からすればまるで相手にされなかったナンパ相手、賢治からすればギャルゲーからそのまま出てきたような美少女。
気にするな、聞くな……というのは無理な話だと、晃の頭でも理解はできる。
「バ、バカ!!お前らの考えてるようなのじゃねえよ!!もっとこう……アレだ、味気ないやつ」
友人を喧嘩に巻き込まない。麗華に、そして自分に誓った事。
自分が良いと思ったことしかできない。だからそれを成す為には全力を尽くさなければならない。
冷や汗をだらだらと流し、目を瞑り、歯を食いしばってこの場を切り抜ける方法を考える。
「クラス一の美少女がお誘いかける放課後の何が味気ないってんだヨ、アァァン!!?」
「ボクと主人公変われって!晃じゃギャルゲの主人公無理だって!!秒でやられる三下じゃんキャラ的にさ!!」
しかし必死な晃の仕草で、隠し事をしている事が一目でわかる。
何もないという言い分は通用しない、言葉で納得させなければいけない。
普段ロクに使っていない頭をフル回転させ、辿り着いた解を口にする。
「あの……えっと、町内会の集まりでちょっと」
「「ウソつけ!!!」」
晃は、嘘をつくのが苦手だ。
「ゴ……ゴチャゴチャうるせえんだよボケ!!町内会つったら町内会なんだよわかったか!!!」
万策が尽き、ストレスに耐えかねて最後は力技で黙らせた。
「本部に案内するわ。諸々の話は全てそこでする。ついてきて」
「ウィッス……」
六限目が終わってすぐの放課後。
最短距離で晃に近づいてきた麗華に連れられて教室を出る。
晃はチンピラ歩きとガン飛ばしで自分達を見る全てを威嚇する。緊張で強張った顔が余計な迫力を演出する。
麗華は自分を見るもの、話しかけるもの全てを無視して歩く。眉ひとつ動かさない無表情が威圧感を生む。
熱気と冷気。
真逆の気質を持った奇妙な二人組はさらに余計な注目を集め、そのまま校内を出て駅へと消える。
「マージで二人で行っちまうとはナァ、なんだよあいつ」
「気になるっちゃ気になるけどさ、これ以上触ったら絶対殴られるよアレ」
そんな二人を後ろから見つめ、不満そうに漏らす賢治と宏。
その声にはいつもの三人の関係が突然崩れてしまったような、そんな寂しさが見え隠れする。
とはいえ、出来ることもない。
途方にくれる二人の間に、何者かが後ろからぶつかって割り込んだ。
「よっ!元気ないねぇ、らしくないじゃん?」
「うおっ、とーこちゃん!?」
怪しくて馴れ馴れしい、その正体は翡翠陶子。
宏が特に落ち込んで見えたのか、身体中をバシバシと叩きながら慰めの言葉をかける。
「痛い痛い!わかった!わかったからやめろヨとーこちゃん!」
「ボディータッチのサービスじゃん、もっと喜んどきなよ宏〜」
陶子はいつものようにケラケラと笑い、宏と賢治をからかって遊ぶ。
そこに変わらない日常を感じた二人から、寂しさが少しづつ遠のいていく。
「……らしくないよね、晃くんも」
陶子はピタリとからかう手を止め、晃達が去った校門の方に目をやる。
ぽつりと呟いたその声だけは、いつも陽気な陶子らしくない雰囲気があった。
「とーこたんも気になる?今日の晃」
賢治と宏も並んで校門を見つめる。
いつも一緒にいる晃のいない状況で、晃について語る。
意外と珍しい機会だ。
「みんな気にしてるんじゃない?まさかあの晃くんが羽黒さんとねぇ……」
「なんか先生も面白くなさそうジャン?非モテの晃が一抜けしたの気に入らないんジャン?」
「…………ううん、ぜ〜んぜん!!」
目を閉じながら少し沈黙して、ため息の後に続いた陶子の言葉はいつもの調子に戻っていた。
「一抜けって言うけどさ、仮にそうだったとして、あの二人長続きすると思うぅ?」
「うーん対極の属性、水と油?短気泣き虫バカとクールな秀才……アニメならある組み合わせだけど、晃はなぁ…」
「そ、そうだ!晃じゃどうせ長続きしねーって!イケメンのオレっちより先とかありえねーーって!」
「そうそう!……すぐに晃くんは元どおりになるよ、きっとね」
上品ではない内容の話を陶子としているうちに、宏と賢治の調子はすっかり元に戻っていた。
「んじゃ……とりま、ゲーセン行く?」
「よっしゃ!チッキショー俺だって彼女ゲットのチャンスだもんヨ!!ぜってえあいつより先に彼女作って自慢しちゃるゼ!!」
「元気なったようでなによりなにより。でも先生的にはそれ、程々にしときなって言わざるを得ないなあ?」
「今のうちから結婚見据えてんだヨ、オレっちは!先生みたいにそのへん手ェ抜いて行き遅れるのヤだからナ!」
「じゃあ、諸々まとめて生活指導に報告しておきますね」
そう言った陶子の声と表情はにこやかだが、隠しきれない殺意が満ち溢れていた。
「スマッセーン!!冗談デェース!!勘弁してくだサァーイ!!」
「地雷踏み抜いてやんのワロス」