第二十話 2
「……まずい!荊がこっちにも来てる!!」
晶獣の荊は晃達や招待客だけでなく、レイラの味方である舞台裏のロミルダ一行にまで伸びる。
陶子は慌てながらもガンドレッサーを素早く構え、正確に狙いをつけた射撃で荊を一つ一つ撃ち抜いていく。
「わぁ!なんかゲーセンのガンシューみたいやね!」
まるで緊張感のない声を上げる恍も、陶子を真似るように自らのガンドレッサーで荊を撃つ。
しかしその射撃の腕は陶子に遠く及ばず、乱雑に撃った弾の命中率は三割を切っていた。
「まぁ、そうなるだろうね。言っただろ?あいつは私達ごと喰らつもりだと」
レイラが自分達を裏切る事を想定していたロミルダは全く動じる事もなく、自分の力で対処する気配もない。
荊が届く前に撃ち落とされる様を、さも当然であるように眺めるのみ。
「キリがない……恍ちゃん!サンドイエローの剣晶を用意して!私達も――」
「いらん、いらん。お前達の仕事は終わりだって言っただろ?この程度でいちいち道化服を着る事もないよ」
ヴェノムジェスターに変身する必要があると判断した陶子は自身が使用するファントムグレイの剣晶を取り出し、恍にも同様の行為を促すが
ロミルダはこの状況を大した事がないものであるように扱い、冷たい言葉で制止した。
「しかし、それでは……」
「アオイにやらせる。こいつ最近運動不足でぷにぷにだからね」
「え〜!?アオイさま戦えるん!?こんなちっちゃい子やのに!?」
戸惑う陶子と呑気な恍から視線を外し、ロミルダはアオイに手招きをして呼び寄せた。
アオイがロミルダの前に立った時、常に浮かべていた薄ら笑いが消える。
「やれ、アオイ」
「grrrrr……」
ロミルダの命令に反応し、アオイがようやく発した言葉は言語ではなく唸り声だった。
鋭い歯を剥き出しにして向かってくる荊を睨みつけ、腰を低く落として両掌を地に付ける。
「アオイ様……!?」 「わぁ〜……」
物静かで育ちの良さそうな少女の佇まいが、一瞬で飢えた獣のそれに変化する。
初めて目にするアオイのバトルスタイルに、陶子と恍は息を飲んだ。
「Gaaaaaaaaaaaaaaaau!!!」
可憐な少女の容貌と声帯に似つかわしくない、獰猛な鳴き声と共にアオイは四足歩行で立ち向かう荊へと飛びかかる。
「Itt kezdődik a móka...」
晶獣の呟きの後、招待客達を捕える荊の締め付けが増し、呻き声がより一層激しくなる。
彼女達から吸った生命力を糧に荊が育ち、同時に晶獣の本体――顔のついた花を支える巨大な茎から赤い液体が多量に滲み出し、根に覆われた床に垂れて水溜まりが作られた。
「ぜっ、前進停止!!何よあれ!?」
「血が流れてんのか……?本体に傷入れてねえのに」
晶獣の新たな一手を警戒した芙蓉は様子見の為、三人の歩みを止めさせる。
一番前の位置から赤い水溜まりを観測した晃は、それが血である事に真っ先に気がついた。
〈晶獣の身体に血なンぞ通うもンかよ。だがあの個体は特別だ、もしそこに血が蓄えられているとするなら、それは……〉
血溜まりがまるで沸騰するかのように湧き、血で出来た柱が何本も立ち上がった。
それぞれの柱の形状は急速に整えられ、それぞれの明確な形が浮かび上がる。
「ez fáj……」 「segíts……」 「apu……anya……!」
〈あの剣晶……エリザベート•バートリーが吸い上げた、女性達の血だ!!〉
出来上がったのは掠れた声で呪詛を呟く、無数の赤いシルエット――生前のエリザベートによって殺された女性達の無念を芯に形成された血の奴隷兵だった。
「なッ……!?」 「喋っている……意識が残っているんですか……!?」 「ゾ、ゾンビかなんかみてえだ……」
かつて人であったものが蘇り、死してなお痛みと怨念に苛まれる。
それらがより強靭に育った荊と共に歪な隊列を組み、もがき苦しみながら襲いかかってくる。
晶獣を何度も相手にしてきた三人ですら戦慄し、足を止めてしまう事態だった。
「ッ……ひっ、ひるっ、怯むなッ!ややや役割分担!」
芙蓉の恐怖心は三人以上のものだったが、将としての矜持と自分が直接戦う立場にないという保身の心で勇気を搾り出し、真っ先に声を上げた。
「サルは盾役!とりあえずあいつら全員引きつけて!あとワタクシには絶対近づけさせないでね……」
「じょっ、上等だあ!何人でもかかってきやがれ!!」
震えた声で強がる麗華に触発され、晃もすぐに持ち前の野蛮さを取り戻し敵陣へと突撃し乱闘を開始する。
「森川さんは掃討!麗華が邪魔される前に荊を撃ちつつ、適宜サルの援護!!」
「了解です!」
森川さんも指示を受けたと同時に両手の銃を発砲。
向かい来る荊と晃の死角に回る敵に命中させて攻撃を妨害し、戦闘の縁の下を支え続ける。
「ちょっと気は進まねえけどなあ!向かって来んならブン殴る!!」
血の奴隷兵達が呻く言葉の意味はわからずとも、それが苦痛と共に発せられてる事だけは晃でも理解できた。
内心の嫌気を押し殺し、緩慢な動きの彼女達を注目を集めるように立ち回ってひたすらに殴り続ける。
「segíts…」 「segíts!」 「valaki…!」
血の奴隷兵達は積極的な反撃は行わないが、かろうじて形がわかる両手で晃の身体を一斉に触り始めた。
瞬間、奴隷兵達から鎧を伝い晃の脳髄に直接何かが流れ込み始める。
『痛い痛い痛い!!!』『どうして!!?バートリー夫人どうしてなの!?』『助けて……!!』『パパ……ママァ……!』『死にたくない!!死にたくない!!死にたく――』
「う、うっ、うわぁぁぁあぁああああぁッ!!??」
異国の故人達が味わった苦痛と恐怖、その光景が言語の壁を超えて聞こえてくる。
混沌と混じり合ったそれらは確かな形を持たないまま、無念の象徴として晃の精神を掻き乱し、蝕み始めていた。
〈イ、イカン!精神を直接攻撃されている!すぐに振り解くンだ!!〉
「芽吹さん、しっかり!!」
晃が絶叫する声に、只事ではない事態が起きていると見た森川さんが標的を奴隷兵へ移し、両手の銃を乱射する。
銃弾が晃を掴む腕を全て撃ち抜いて切り離すと、晃の脳に展開していた地獄の痛みが一瞬で霧散した。
精神の破壊は免れたが、狂気と正気が一瞬で切り替わる体験に晃の心拍と呼吸は今まで経験した事かない程に荒れ狂った。
「ゼェッ……ゼェッ……!!悪ィ、助かったよ森川さん……頭ヘンになりそうだったぜ……!」
「できる限りの援護はしますが、彼女達の手は危険です!とにかく触られないように立ち回って!」
〈晃くン……先に言っておくけど彼女達を助ける手段はない。灰は灰に、土は土に、塵は塵に……ってやつサ〉
「……わかってんだよ、んな事ぁよぉ!!」
晃が垣間見た17世紀ハンガリーの惨劇。過去に起きた事。
今の人間が手を差し伸べられない、すくいきれないものたち。
篝火の告げた残酷な現実に晃は怒鳴り声で応え、ただ前だけを向き、自分の出来る事を成す為に再び地獄へと殴りかかる。
「麗華、全ては一番重要なあなたを極力フリーにするためよ!来賓を縛ってる荊、まとめて斬れる!?」
「……おそらく、先日手に入れた剣晶を使えば」
じわりじわりと命を吸われる招待客達を救う事が、晶獣のパワーソースを奪う事にも繋がる最優先事項。
芙蓉のその判断を理解した麗華は真吾との戦いで得た風の剣晶、ストームブルーを取り出して頷いた。
「よし……だったらやりなさい!!」
「STORMBLUE」 「DISCHARGE」
「ゲイルクローク展開!」
芙蓉の指示に従い剣晶を第二スロットに装填。
起動させると麗華を中心にして一瞬旋風が巻き起こり、鎧の背中に青く透き通った強風の外套が成型される。
腰を落として右膝を立て、両手の指と左膝を地面に付ける。
所謂クラウチングスタートの姿勢を取りながら顔だけを上げ、今から斬るべき無数の荊を睨みつけた、
「……行きます!!」
呼吸と心拍が整い、目標との距離をしっかりと見定めた瞬間に腰を上げ、宣言と共に勢いよく地面を蹴って走り出す。
風の力を使った青い機動は森川さんの銃撃を逃れた複数の荊をギリギリのところで避け、晃と戦う血の奴隷兵達の隙間をしなやかに潜り抜け、一気に晶獣本体への距離を詰めた。
「Basszus kölyök! ! !」
「させないっ!!」
脚に絡ませて動きを止めるべく低い位置から荊を伸ばした晶獣だったが、麗華は風の力で強化された跳躍力を活かして回避する。
「これ以上悪趣味な催しに付き合う気はないわ。一気に決めさせてもらう!!」
ゲイルクロークがはためく事で風の推進力はさらに増し、麗華は宙に浮いた状態のまま突進。
腰のホルスターから剣を引き抜くと同時に、招待客の一人を捕らえる荊を一撃で斬り落とした。
「ハァァァァァァァッ!!!」
勢いを衰えさせないまま空中で転回•突進•斬撃を繰り返し、荊をズタズタに斬り裂いて招待客達を片端から救出していく。
速度が上がり続ける麗華に、晶獣の反応は間に合わなくなっていた。
「仕上げッ!!」
「STORMBLUE」 「MAXCHARGE」
全ての招待客が拘束から逃れた事を確認すると、アーマライザーに装着されたストームブルーの剣晶を押し込んでその力を単独覚醒させた。
剣晶から左腕と肩を通じ、背中まで風のエネルギーが行き届く事でゲイルクロークが青く発光する。
「ゲイルトレイル!!」
剣晶の持つ全ての力が充填されたゲイルクロークを翻す事で、麗華を始点にして複数の細い竜巻が巻き起こる。
人間一人を包み込む程度の竜巻は重力によって地面に叩きつけられる直前の招待客達を一人残らず拾い上げ、再び宙へと舞い上げた。
「先輩!そっちに送ります!!」
麗華が剣の先で芙蓉のいる方向を指すと竜巻は一斉に動き出し、招待客達を芙蓉よりさらに後ろの壁際へと連れ去っていく。
〈れ、麗華クゥン……攻撃能力のないゲイルクローク、からのゲイルトレイルは確かにこの場において有用だけどサァ……出力の調整とかをサァ……〉
再び贄を捕らえんと迫る晶獣の荊が追いつけないほどの速度で飛んだそれらは壁に勢いよく叩きつけられ、大きな衝撃音が何度も鳴り響く。
晶獣から距離を離し、その捕食範囲から逃れる作戦……しかしわずかに意識を残していたものはこれで意識を失い、既に意識を失っているものは無防備な身体に大ダメージが発生した。
「オォォイ!何やってんの麗華ァァ!?」
「背に腹は代えられないでしょう!!」
高速戦闘の影響でアドレナリンが過剰に分泌されている麗華は、芙蓉の至極真っ当なツッコミを聞き流した。
「EJECT」
短時間で過剰使用した事でストームブルーがオーバヒートを起こしてアーマライザーから強制排出され、力の源を失ったゲイルクロークも散り散りに崩壊する。
「それに……戦闘はもう終わりです。この一撃で!!」
「FROSTYWHITE」 「RE-IGNITION」
それは先程までの機動力を失った証だが、その事すら麗華は気に留める様子がない。
晶獣との至近距離、手元にある剣、そして煮えたぎる闘志。
トドメを刺すに十分な条件が揃い、フロスティホワイトの剣晶を押し込んで必殺技を繰り出した。
「ブライニクルランチャー!!」
剣を軸に形成された鋭い氷柱•ブライニクルランチャーが晶獣の幹を貫き、内部から氷結させる事で撃破する……そのはずだった。
「éretlen……」




