第二十話 1
「おお……こんな風になるのか。エルジェーベトとやら、なかなか面白い奴だったみたいだね」
レイラが晶獣へと変貌したことによりダンスホールが戦場と化した、その一方。
この事件の黒幕•ロミルダ達が隠れるステージ奥の舞台裏は、まるで観客席のように使われていた。
「花でっか!顔でっか!!何あれ、おもろっ!!……っていうか、あの顔誰なん?」
何も知らなかった招待客達が、本能的恐怖を抱かずにはいられない晶獣の登場に恐れ慄きパニックを起こす地獄のような光景。
しかし、そんな様子を眺める恍は驚きこそすれども取り乱す様子はなく、まるで怪獣映画を観ているかのような笑みを浮かべていた。
「ローズレッドの本来の持ち主、エルジェーベトそのもの。アレはその人格をそのまま有して晶獣となった、大変貴重なサンプルだ」
「今日はロミルダ様よぉ喋るなぁ、ウキウキやん。それってそんなに珍しいことなん?」
「ああ、そうだ。あれは意思を持つ剣晶。私が新造人類の開発をもって実現させたそれと似て非なるものが、此方では自然発生していた……ようやく此度の遠征が面白くなってきたよ」
〝特別な〟ローズレッドの剣晶が引き起こした現象は仕掛け人のロミルダを刺激した。
仏頂面が少しだけ緩み、身振り手振りを交えながら語る。
「ウチ、こっちの仕事に組み込まれんの初めてでようわからんのやけど……」
「出力の高い希少な剣晶を動力源として外側から人格と身体を与えたのが新造人類、上位騎士爵のオズヴァルド達がそれだ。一方のアレにどういう経緯があったか定かではないが……剣晶の内側に〝人格〟或いは〝意識〟……陳腐な言い方をするなら〝魂〟かな。それが転写され封じ込められたと見える。これは私達の世界〝彼方〟では見られなかった現象だ」
「はぇ〜、なんかすっごいなぁ」
「出力が本来より高いのはガウリーの言っていたように、かつてエルジェーベトが使用していた際人間の生命力を多数吸収していたのが原因と考えるのが妥当だが……フフ、あれは研究に値する」
――ジェスターよりはいい反応をするな、こいつ。あいつは事務的な返事しかしなくてつまらん。
テンポの良い相槌で積極的な会話を促してくれる恍を、ロミルダは少し気に入り始めていた。
ロミルダの言葉は一層軽快になり、独自の解説を早口で喋り続ける。
自身の心を満たすためだけに。
――この人の話おもんないわー……
恍は楽しそうに相槌を打ち、冷え切った内心を表に出さない。
「…………」
上位騎士爵の位を持つアオイは、忠実ではあるが一言も言葉を発する事がないので相槌も打てず、ロミルダを満足させることが出来ない。
そもそも自我が崩壊しているアオイに対して、ロミルダは初めから話し相手としての期待をしない。
故に、晃と麗華をじっと眺める行動の意味に気づくこともない。
「……アッハ!なにそれぇ……アハッ、アハハハハッ!!」
アオイと同様にロミルダ達の会話に加わらず、沈黙を保っていた陶子から乾いた笑い声が漏れ始める。
「わー、陶子せんせい爆笑やん。まぁおもろいもんなぁ、アレ」
「こいつもようやく私の研究分野に興味を持ったのかな?多くを理解できる知性があるとも思えんが」
しかし、陶子の視線と関心が向かう先はアオイと同じくメイド姿をした晃と怨敵である麗華。
そして自分と同い年の女。戸成市での戦いでは運命的なニアミスによってお互いの存在を感知できなかった三人目の戦士。
誰もがその能力と人柄を認める〝優秀な女〟、森川恵に向けられていた。
――なんでここにあなたがいるのか。なんでよりにもよって晃くんと羽黒の側にいるのか。
わかるよ、私にはよくわかる。あなたはいつだってそうだから。昔からいつも私を……いつも、いつもいつもいつもいつもいつも!!!!!
「アハッ……やっぱりあなたは私を否定するんだねぇ、恵ちゃん……!!」
晃へ向ける歪んだ愛情、麗華へ向ける純粋な憎悪。
影から森川さんを見つめる陶子の笑顔には、その両方が入り混じっていた。
「今までで一番デケェな……どっから殴ればいいんだこれ」
「怯まないで。植物であるなら斬れるはず……!」
「二人とも、注意してください!初めて見るタイプの晶獣です、行動パターンが読めない!」
アーマライザーとプロトタイプを用いて鎧を装着し、戦闘準備を終えた晃、麗華、森川さん。
しかし今まで例のない晶獣の巨大な体躯と、正確に模られた人間の顔を前にして攻め方に迷い攻撃を開始することが出来ずにいた。
〈うお、でっか……恵くンの言う通りだ。サイズの問題もそうだがあのババァはこのフロア全体に根と荊を張っている。どこからどういう攻撃してくるかわかったもンじゃないぞ!出来るだけ様子を見てワタシにデータを観測させつつ柔軟に対処するンだ!それにしてもでかい……面白い……〉
三人の視界から戦場をモニタリングする篝火の声色には、前例がほぼ無い事態への好奇心と危機感が半分づつ入り混じる。
敵側のロミルダと同じく、レイラの身に起きた特殊事例には剣晶や晶獣を研究する者として好奇心を抑え切ることが出来ない。
「Dedikálja nekem...」
ローズレッドの晶獣はロミルダの推察通り、エリザベートらしき人格を持って流暢に言語を操る。
しかし晶獣になった影響か、或いは元から狂っていたのか。
現代日本と十七世紀ハンガリーの間に時代と言語の壁がある事を差し引いても、コミュニケーションを取れるような存在ではなかった。
「Kérlek,adj nekem szépséget.A szépség, amely soha nem hal meg!!szépség!!!szépség!!!!」
芙蓉一行の明確な敵意を感じ取った晶獣は激昂し、巨大な幹から枝分かれした荊を全ての人間に向け四方八方から伸ばす。
「……来るわ、構えて!!」 「はいっ!!」
その攻撃は手数と攻撃範囲において厄介ではあるものの、動きそのものは真っ直ぐ伸びるだけの単調なもので予測の範疇を超えることはない。
向かってくる荊は森川さんによる二丁拳銃の乱射で撃ち落とされ
銃撃を逃れたものも麗華の剣によって斬り刻まれる。
「ちょっ!?待っ!?うわあああぁぁ!?」
「うっせえな!こんなもんで喚いてんじゃねえ!!」
しかし唯一の非戦闘員である芙蓉には迎撃•回避手段がない。
慌てふためく芙蓉だったが防御に長けた晃が前に立ち、向かってくる荊を片っ端から引き受けた。
「Mit!!??」
荊が男である晃に絡まった事を感知すると、晶獣は途端に表情を不快感で歪める。
エリザベートの顔でありながら、その表情の作り方は晃の正体を知った時のレイラのものによく似ていた。
「見掛け倒しだなババァ!!草使ったイジワルならジェスター野郎の方がウザかったぞ!!」
晶獣の忌避によって荊が晃を締め付ける力は弱くなり、腕や足を振り回すだけで容易く引きちぎられる。
レイラの持つ強いこだわり―――男性という生き物と、その生命を食らう事への嫌悪はエリザベートに心身を明け渡しても尚、残留思念のようにこびりついている。
「ビビんなよパイセン、数がクソ多いだけだ。こんなショボい攻撃じゃくたばらねえよ!」
「あのねぇ!!ワタクシはあなた達みたいな野蛮人じゃないの!あなた達が非常識サイドなの!!ワタクシはビビリじゃない!アンダスタンッ!!??」
無数の荊を蹴散らしながら飛んでくる、晃の乱暴な言い草に芙蓉は激しく腹を立てる。
「ちょっとくらい冷静に考えなさいよ!普通の人間はあんなもんドバッと向けられても……――――ッ!!??」
晃達には攻撃手段のない一般人としての視点が欠けつつある、という気付きを始点に思考が加速した。
芙蓉だけが戦闘に行動リソースを食われる事がなく、思考に専念する事ができる。
芙蓉の目に映るのは、荊への対処に追われる三人の戦士。
決定打になり得ない攻撃であっても、手数の多さ故に無視できるものではない。
――麗華達に効かない攻撃であると気づいていないの?いや、そんなはずが無い……たとえ獣に堕ちたとしてもあれがレイラであるのなら、そんな意味のない事をするわけがない。
何もかもが未知の相手だが、その軸にレイラがいるということだけは理解している。
――あれがワタクシの知るレイラであるのなら……レイラの本懐は……!!
芙蓉は目の前のそれがまだレイラである事を信じ、その行動の意味を自らに問いかけた。
招待客達からの敬愛を失い、自身も欺き喰らおうとしたレイラの存在を望み続けた。
「違うッ!これは攻撃の為の動作じゃあないッ!あなた達、すぐ対処しなさい!!」
晶獣にされた人間の人格が残り続ける。という発想は今まで晶獣と戦い続けてきたJRICCの常識にはない。
その外にいる芙蓉だからこそレイラの思惑にいち早く気付く事ができる。
「はぁ!?」 「先輩、それはどういう!?」 「嫌な予感がしますね……」
「レイラの欲望はまだ消えてない!この波状攻撃の本当の目的は……招待客の若さを喰らうための陽動よ!!」
「………ッ!!」 「モゴォ……!」 「たす……け……」
芙蓉が指を刺した先には剣晶由来の力を持つ荊に絡め取られ、生命力を吸われ始めている多数のパーティ参加者達。
彼女達への危害に気づかれない為に連続攻撃を仕掛け、喉を締める事で声を上げさせることも禁じ、晶獣本体の近くに寄せる事で近づける事も許さない。
「Okos vagy barátom.」
晶獣は策を見破ってみせた芙蓉に意地の悪い笑みを向けると突然攻撃を止め、荊で捕らえた獲物達を見せびらかすように持ち上げた。
犠牲者達の声にならない呻き声がホールの音響で響き、晃達の怒りと焦りを誘発する。
「このッ……クソババァ!!」
「サル!!一人で突っ込めとは言っていない!!」
真っ先に激昂し挑発に乗ってしまった晃は、芙蓉の制止も耳に入れず一直線に突撃する。
相手からの攻撃が牽制目的の弱いものばかりだったことが、判断力を鈍らせた。
「「「「「「ギチチチチチチィッ……」」」」」」
壁際で待機していたスカイブルーの晶獣達が、晃の動きに反応して一斉に動き出す。
虫のように羽ばたいて宙に浮く六体のそれは一瞬にして晃を取り囲み、羽根を高速振動させる事で発する衝撃波を一斉に浴びせて攻撃を仕掛けた。
「ウッ!なんだこれ!?どけやトンボ!!邪魔だ!!」
衝撃波の次は体当たり、体当たりの次は噛みつき。
六体の晶獣が代わる代わる攻撃を行い、素早く空に浮いて身を離し晃の反撃を避ける。
合間合間で混ざる荊の攻撃が、泥沼のタコ殴りから逃れる事を困難にしていた。
「晃くん!すぐに行くから!!」
「ダメよ!サルと同じ目に遭うつもり!?」
晃同様に接近戦が主体の麗華では一時的に敵の連携を崩すことが出来ても反撃の前に絡め取られ、剣晶の入れ替えを行う隙すら与えられない。
それを直感した芙蓉は麗華の前に立って制し、森川さんの方を向いた。
「森川さん!!銃なら相性いいはずよ!とにかくブッ放して動きを止めるの!!」
「火力にはあんまり期待しないでくださいね!」
〈そンな言い方すンなよ恵くーン。実戦仕様にアップデートしてンだから以前よりちょっとだけマシだって!ちょっとだけネ!〉
プロトタイプは攻撃能力がやや低いが、装着者である森川さんは大人としての冷静さを常時しっかりと持ち、晃や麗華のように短気を起こさない。
行動のチャンスをじっと待っていた彼女は、芙蓉の号令を聞いた瞬間に両手の銃を構え、空を飛ぶ晶獣の群れに乱射する。
多量に発射された銃弾型エネルギーは、森川さんの言うように一発一発の威力が低い。
しかし芙蓉の睨んだ通り遠距離から広範囲を一斉に攻撃できる事は飛行型晶獣に対してアドバンテージとなり、数匹の羽根や尾を損傷させて地面に叩き落とした。
「「コカカカッ……!」」
「麗華!対応ッ!!」 「はいっ!!」
損傷を免れた残りの晶獣が森川さんに向かって来たところで、ようやく麗華の出番が訪れた。
森川さんを噛み砕く為に顔から突進した側面に回り込み、即座に斬りかかって一匹づつ首を落としていった。
「サル!これなら殺れるわね!?」
「……なるほどな、ようやく流れ掴めた!オラッ!オラッ!!」
飛行能力を失った晶獣は晃が片端から踏み潰し六匹全てを撃破。
アドリブ込みの稚拙な指揮だが、芙蓉の号令は敵の第一陣を確かに打ち破ってみせた。
「う、うまくいった……?マジ……!?」
〈フゥン。パイセンってば思ったよりやるじゃん。ワタシが指揮しする予定だったけどこれはこれでアリかもしれンね、しばらく任せたろ〉
予想外に上手く事が進んだ戦闘に芙蓉は呆けた声を出す。
一方、本来作戦指揮の役割を担う篝火は現場でものを見て即座に判断し大声を出せる芙蓉を適任と判断した。
「ボケっとすんなよ、たぶん次来るぞ!俺が勝手にやんのダメなら、早めになんか言えよな!!」
「主任も先輩を適任と判断しました。続けてお願いします!」
晃と麗華の表情は兜に隠れて見えないが、芙蓉にかける声には緊迫感と共に親しみの感情が混じる。
「えっ!?」
芙蓉は散々自分に従えと、自分を認めろと言い続けておきながら心の何処かでは期待しきれていなかった。
しかし今、戦いの中で晃と麗華からの扱いが
「うざいデカ女」「厄介な先輩」から心通じ合う戦友に変わった事に戸惑い、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「大丈夫。芙蓉さんは上手くできてますよ……だからきっと、大丈夫」
芙蓉の隣に立った森川さんも二人に続いて優しい声をかけ、力の入った肩にそっと手を置いた。
森川さんの掌の温度はプロトタイプのグローブ越しであっても温かく、芙蓉の緊張と困惑をほぐし本物の自信へと繋がる力を与える。
「アッ、ハイ……で、出方を見つつポジションを維持してゆっくり前進!レイラがこの程度で諦める筈がないからね!!」
滝のように流れる冷や汗を拭い、高鳴る心臓を無理やり落ち着かせる。
芙蓉はなんとか毅然とした態度を作り、晶獣を指差しながら号令の声を振り絞った。




