第十七話 2
腕を組んだ仁王立ちと苛立った声で出迎えたのは身長180cmを超える長身長髪の女性。
晃や麗華の通う嘉地鬨高校とは違う学校の制服を着たその女の目つきは鋭く、不機嫌を隠そうともしない。
「久々の顔合わせだというのにこんなに待たせるとはいい度胸ね、麗華」
「先輩……来るなら来るともう少し早く言ってもらわないと」
「口答えまでする気?ワタクシが我儘なのはよく知ってるでしょう?」
ひたすらに傲慢で偉そうな〝先輩〟に、麗華は面倒臭さと呆れに満ちた表情で返答した。
萎縮した様子は一切ないことから、お互いの勝手を知る仲だという事がわかる。
「なんだよ、このお手本みてえなクソ女は……」
しかし晃にとっては初めて見る、妙にデカくて喧嘩腰の女。
ウマの合わない性格である事を即座に感じ取り、不快感を露わにする。
「聞こえてるわよ、そこのモンキー。誰に向かってそんな口叩いてるの?」
「初対面だろ!!誰だテメェは!!」
嫌な顔をした晃の呟きを〝先輩〟は聞き逃さない。
第一印象が最悪で短気な人間が二人、当然のようにお互いを指差し罵り合いが始まった。
「あぁ……絶対こうなるってわかってた……」
もし晃と〝先輩〟が出会えばこうなると、麗華には容易に想像できた。
万が一にも起きてほしくなかった遭遇が発生し、想像通りの衝突を起こした二人の様子にただ頭を抱える。
「フゥン?なら、聞いて自らの無知と無礼を恥じる事ね。ワタクシこそが日本が誇る孔雀院グループ総帥の娘、孔雀院 芙蓉……名前くらいなら知ってるでしょ?ワタクシ心が広いから、土下座で許してやるけど?」
孔雀院グループ。JRICCの表の顔である羽黒コーポレーションを始め、シルバーセキュリティー等の特防省と繋がりのある企業群と束ねる親会社。
その総帥の娘という恵まれた立場を持った芙蓉は、全身で自らを誇示し晃より上位の存在である事を主張した。
「テメェの名前なんか知るか!!孔雀院グループならわかるけどよ!!」
「知るッ……!!??」
しかし、特にメディアなどに露出していない芙蓉の存在など、世の中の動きに疎い晃が知るはずもない。
当の芙蓉は一般人の晃に自らの威光が通じず、知らないと言われ尊敬もされず媚び諂われない事態を想定していなかった。
ショックで不遜な表情が一変、瞳に涙が滲み出る。
「な、なんで知らないの!?私は名誉ある孔雀院の娘なのよ!?そりゃ兄さんや姉さんほどすごくはないけど……」
孔雀院の娘ではあるが一番上ではなく、自分より人格と能力に優れ父に期待された兄と姉がいる。
傲慢な態度で他人を見下す事で誤魔化し続けてきた、芙蓉の人格形成に大きな弊害をもたらすコンプレックス。
「でかい寄付したかなんかでニュース出てたイケメンの若社長が孔雀院って名前だったよな。あれがアンタの兄貴か、そっちは知ってる」
「ハゥアッ!!!」
芙蓉が無知で無礼なモンキーと馬鹿にした晃だったが、そんな晃ですら兄が偉大な人物である事は知っている。
無自覚かつ無慈悲に兄と自分の差を突きつけられた芙蓉のメンタルに大きなダメージが入り、仰け反ってそのまま倒れてしまった。
「うううう……バカにした!モンキーのくせにワタクシをコケにしたぁ!!パパに言いつけてやる!パパに怒ってもらうんだから!!うわぁ〜ん!!!」
晃や麗華より年上で、大きな背丈と威圧感のある態度が特徴的な芙蓉。
環境としては甘やかされつつも、親そのものからは放任されて育った難儀な女。
そんな過程を経たせいなのか、精一杯大人ぶってるつもりの芙蓉の精神はひねくれてる割に脆く、一度崩れたら年齢よりやや幼い部分が顕になる。
寝転んだまま手足をジタバタと動かして泣き叫ぶ様はワガママな幼児そのもの。
「バカにしてんのはテメェだ……な、なんかもう……いいや」
「気にしないで。相応に優秀な人ではあるし根は悪くない……のだけど……」
口喧嘩が始まるかと思いきや、勝手に自爆して勝手に泣き叫ぶでかい女。
そこに勝ち負けの概念を感じる事ができなかった晃は、怒りの矛先を失い閉口する。
芙蓉をフォローする麗華の言葉は弱々しく、目の前の酷い有様に対して説得力を持たせる事ができなかった。
「ハイハイ、気が済んだらみンなこっちでミーティングね!学生特有のグダグダトークをベースにしてたら話進まンのだワ!」
早々に本題に入りたくてイライラした様子の篝火が、ミーティング用のテーブルをバンバンと叩いて緊張感に欠ける若者達を急かす。
つまり芙蓉が持ってきた話は、篝火にそこまでさせるほどの大事であるという事を意味する。
「では、始めましょうか。先に言っておくけど今回は忙しくなるわよ、麗華」
テーブルを囲むように座る芙蓉、麗華、晃、そして篝火。
ぐずる芙蓉を席に着かせ、麗華が必死に宥めて泣き止ませてからミーティングが始まった。
初対面の人間に恥を晒した記憶を完全に無かった事にして、見せかけだけのカリスマを振りかざして会話の主導権を握る。
「こいつのツラの皮とんでもなく分厚ちいな」
「シッ!また機嫌損ねたら面倒でしょ……」
円滑に会話を進めたい麗華の思惑を読めない晃は、芙蓉に聞こえるように不満の言葉を漏らす。
「〝こいつ〟ではなく〝芙蓉様〟よ。聞くところによると麗華を助けてやってるみたいだから特別に〝先輩〟でもいいわ」
「うぜぇ!!」
「え、ええと先輩。それで私は一体何をすれば……」
円滑に会話を進めたい麗華の思惑を読めない芙蓉は、晃に対して歩み寄るような態度は一切取ることはない。
――いつもいつも、こんな役回り……
いつも麗華を振り回す、我儘な芙蓉。
憎んでいるわけではないがひたすらに面倒くさい。
そんな彼女に応対する麗華の声には、疲れが見え始めていた。
「実は社交界で付き合いのあるご婦人からお誘いを受けてね……」
芙蓉は一枚の写真を取り出し、机の上に乗せて見せびらかす。
写真には芙蓉ともう一人、レイラ・ガウリーが親しげな様子で写されていた。
「彼女は米国大手金融サービス企業であるG&Gファイナンシャルの社長夫人、レイラ・ガウリー。私が幼い頃パパと共に参加した社交パーティーで知り合って以来、よくしてもらっているのよフッフン!」
芙蓉は親の伝手で得た有名人物とのコネクションを自分の手柄かつ、自分も大人物であるかのように喋り散らす。
わかりやすく傲慢で、自慢したがりの嫌味な女。
全ては自分自身が大きな事を何も成さず、誰にも尊敬されていない事から必死に目を逸らす為の言動。
「で、そのガウリー夫人が今G&Gの日本支社に来ていてね。今度の日曜、帝国ダイヤモンドプリンスホテルでダンスパーティを主催するのよ。参加はペアかつ、女性のみ。あとはわかるわね、麗華?」
「ダンス……ですか、あまり自信はありませんが」
「えっ、こいつそういうリッチなやつできんの……!?」
芙蓉の口から突然次々と出てくる、一般人の晃には縁の遠すぎる単語の数々。
無茶振りにも聞こえる芙蓉の注文に不安そうな顔をするものの驚きはしない麗華。
突然見えてきたセレブとしての麗華の一面に戸惑い、晃は小声で篝火に問いかけた。
「やろうと思えば出来るだろうネ。芙蓉パイセンほど社交界に出たりはしてないが、彼女だって立派な大手企業の社長令嬢だ」
「そっかあ……そういやそうだよなあ……」
「晃くん!そういうのはやめて!主任も大袈裟に言わないでください!!昔先輩に無理やり付き合わされてやった事があるだけで……!」
――先輩と一緒にしないでよ!そんな特別扱いはいらない!
まるで自分とは遠い世界の人間であるかのような晃の口ぶりに、麗華は明確な拒否反応を示す。
わざとらしくセレブを主張して威張り散らす先輩を見てきた影響か、麗華はそういう扱いを好まない。
「私達はモンキーとは格が違うのよ、おわかり?ドレス諸々は全部こっちで用意するし、ダンスは格がさらに一段高いワタクシがリードしてあげるから心配しなくていいわ。あなたが用意しなければならないのはあなた自身と……」
そこまで喋ると芙蓉の言葉と偉そうな態度が止まった。
再び口を開く前に吐いたため息には、ほんの少しの憂いが混じっているようだった。
「……アーマライザー。それと〝戦える女〟を追加で二人」
「おい、それって!?」「話が変わってきましたね……」
真剣な眼差しと共に出た言葉。
先ほどまでの軽薄な言葉とはまるで違う重みが、晃と麗華の表情を戦士のものへと一変させた。
「ンじゃ、話引き継ぐヨ。ここからがハイライトだ」
前置きが終わり、空気が張り詰めた事を確認した篝火がようやく本題を話し始めた。
「ガウリー夫人はハンガリー出身のインテリでね、祖国の文化や歴史の研究家として有名な人物なンだ。ある人物について特に熱心に調査してるンだが、これがヤバみのある奴でヤバい」
主任研究者として説明や解説という行為を好み、満喫している篝火の語り方は真剣ながらも軽快で楽しげ。
晃と麗華のまっすぐな視線を受けながら、まるで教師か教授にでもなったかのような気分で上機嫌に喋くる。
「彼女の研究対象の名は〝血の伯爵夫人〟バートリ・エルジェーベト。我々的にはエリザベート・バートリーと呼んだ方が馴染み深いかな」
「知らねえなあ、ハンガリーの戦国武将かなんかか?」
「早速、嫌な名前が出てきたわね」
全く知らない名に首を捻る晃と、名前を聞いた瞬間冷や汗を流す麗華。
エリザベートを知るという事は、その名にこびりついた血の臭いを知る事と等しい。
「ザックリ言うと当時の有力な貴族の一人。17世紀初頭、その権力を悪用した大虐殺……史上最も多くの人間を殺した女性連続殺人犯なのサ」
「ド外道じゃねーか!!信長とかダテマサムネとかそういうかっこいい感じの奴じゃねーのかよ!!」
「何故ガウリー夫人がそのエリザベートを熱心に研究していたのか……」
「…………概ねその予想で合ってると思うわ」
麗華の疑問と視線に対し、芙蓉は正面から答える事を避ける。
この場の面子に、唯一レイラとの親交がある芙蓉の胸中を知る術はない。
「最初は召使、次は自領内の若い女。最終的には自分より位の低い貴族の娘達……口に出すのも悍ましい手段で彼女達を惨殺し、生き血を搾り、その身を浸した。おフロ入るみたいにね」
「うわっ……何考えてたんだよそのイカレはよ……」
その凄惨な所業を聞き、晃は顔を青くして震え上がる。
17世紀当時の価値観、貴族と領民の命の重さ、狂気と妄執。
エリザベートがどういう存在であるかは把握できたものの、晃の頭ではそこにあった様々な背景までは理解が及ばない。
「エリザベートはそうする事で自らの身体の美が保たれると信じていたのサ。後の世代である我々からすりゃそンな効果あるわけねぇだろ!って話なンだけどこの話には続きがある。世界史の授業じゃ絶対に聞けない話、って言えばもうわかるだろ?」
「ここで話題になるということはつまり……剣晶が裏で関わっていたという事ですか」
「ご名答。何らかの手段で剣晶の力を用いて、若者の生命を搾る事で本当に若い肉体を保っていたンだよ。さっき言った残虐行為もおそらく……自らの身体を晶獣にして行ったとされる説が有力だ」
「しかしエリザベートは最終的に裁判にかけられてチェイテ城に幽閉され、孤独死したはず。晶獣相手にそんな事ができますか?」
「ありゃ正確ではない。裁判はやったけど裁かれたのは共犯の従僕達だけ。エリザベートは最終的に暴走して完全な晶獣と化したが、17世紀当時のハンガリーでは完全に晶獣を抹殺する手段がなくてネ。なんとかズタボロに弱らせた後チェイテ城に閉じ込めて衰弱死するのを待ったってのが真相だ」
人類史の裏側。
古来より世界各国で秘匿され続ける剣晶と晶獣の影。
剣晶によって個人の狂気が、歴史の汚濁になるまで膨れ上がった話。
「人の心を失ったエリザベートを閉じ込めた部屋に残されていたのは、彼女の使用していた剣晶だけだった。その剣晶もいまや行方知れず。かつて歴史が大きく動いた事件、特に多くの人死にが起きた話にはこのように裏で剣晶が関わっているケースが数多くありまーす……ってのがこのホラーのオチなンだけど」
篝火は芙蓉に視線を向けて、発言を促す。
エリザベートによって起きた過去の悲劇から、レイラによって起ころうとしている未来の悲劇へと話が移り変わる。
「エリザベートが使っていたとされる剣晶は……今、ガウリー夫人の手元にある」




